★第30話 (12/18)
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「俺はな、勝ってもねえ勝負に勝ったなんて云われたがるシュミはねえ。それに、あん時の勝負、あのままならお前が勝つ確率の方が高かったろ。んなら余計そんなデマ流す訳ねえじゃねえか!」
「君は喧嘩に負けたことがなかったと聞いていた。西高の愚かな羊たちに祭り上げられて‥‥」
「おい! そーゆー言い方やめろって、さんざん‥‥!」
不機嫌になった声を、的場が逆撫でするように遮った。
「そこに自分より強いオレという人間が現れて‥‥。負けて評判が落ちるのが怖かったのさ!」
「なんだって‥‥?」
「オレを助けるふりをして、裏で卑怯な手を使ったんだ! 認めろ、この偽善者め!」
普段の冷然とした様子が嘘のように顔を紅潮させて毒の言葉を吐き散らした的場の様子に、赤星は一瞬固まり、それでも言葉を探すようにゆっくりと口を開いた。
「‥‥俺‥‥、評判気にして喧嘩してたわけじゃねえもの‥‥。だって負けたら負けたで仕方ねえし‥‥。‥‥‥‥なんて言うかな‥‥」
赤星が静かな目で的場を見つめた。
「なあ、的場。あの日、お前を見舞ったヤツは、ずいぶんひでえこと言ったんだよな。でも、なんでその場ではっきり、違うって言わなかった? 俺がガセ流したって思ったんなら、なんでそん時に文句言ってくれなかった? そうすりゃいくらだって打つ手あったのに」
的場がぷいと目をそらした。歯をぐっと噛みしめ形のいい顎がわずかに震えていた。赤星は少し待っていたが、答えがないのでまた言葉を重ねた。
「お前のおかげで、あん時、有望は無事だった。お前が教えてくれなかったら、どうなってたろって、あとで思ったらぞっとした。ほんとに感謝してる。お前を裏切るなんて、俺に、できるワケないんだ‥‥」
「貴様には‥‥わからない‥‥」
一瞬誰の声かと思った。濁って低く、聞いたことのない‥‥。でも話しているのは的場だった。
「いつも、他人から受け入れられることを当然と思ってる貴様には、あの時のオレの気持ちはわからない‥‥。お前のように、全てに恵まれて‥‥。力も、仲間も、家族も‥‥‥!」
押し込めていた怒りが立ち上る。それを見る赤星の目にも苦痛の色が浮かぶ。的場が激しく喚いた。
「力だけだ! 他人なぞ、力で恐れさせておけばいいんだ! オレは誰にも負けてはならない。勝つか、死ぬかだ! それなのにあの時、オレはお前に助けられ、軟弱にもそれを受け入れ‥‥そのうえ裏切られて‥‥! オレはあの時の自分の愚かさを、絶対許さない!」
赤星の口元が歪み、少し喉にひっかかるような声で言った。
「‥‥‥‥お前の言う通り、俺はバカみたいに幸せのまんま来ちまった‥‥。その上、呑気で、色々いっぱい見落としてばっかりで‥‥‥‥。でも、俺、こうしか生きらんねえ! だから、その分‥‥、みんなが俺を大事にしてくれた分、他の人を大事にしてえ‥‥。俺には‥‥それしかできねえから‥‥。お前のことだって‥‥‥‥」
赤星が真摯な眼差しで続ける。
「的場‥‥。考え直してくれ。スパイダルなんて行くな。‥‥戻ってきてくれ‥‥、頼む‥‥」
的場が少しだけ空を仰いだ。赤星は息を呑んでその横顔を見つめる。だが、一度俯いて、再び赤星を見つめた的場の目は、期待を裏切るように冷たかった。
「オレは貴様達オズリーブスをぶっつぶして、このくだらん世の中とおさらばする。それだけだ」
「‥‥じゃあ、仕方がねえ‥‥。俺はお前を倒す‥‥。みんなにこれ以上手は出させねえ」
「フン。他人のためなんて偽善ぶった貴様にオレは倒せない。人は自分のためにこそ強くなれるのさ」
「そんなら証明してやる。人のための方が絶対がんばれる。俺はいっつもそうだ」
「じゃあ、一つ、オレのためにもやってもらおうか?」
「え? なんだ?」
「オレの手にかかって死ねよ、レッドリーブス。魔神将軍は貴様の首に一番高い値段をつけたのさ」
的場がもったいをつけた仕草で両手を軽く広げる。
「魔性降臨‥‥」
友の身体が、この世のものではない形へと変わっていくのを、赤星は静かな気持ちで見ていた。
これは賭だ。
自分自身の運命に対する、最初の賭だ。
もし負けたら‥‥。みんな、ごめんな‥‥。
「強化スーツを着たらどうだ、レッドリーブス?」
「いや。そのつもりはねえよ。北高校の、的場、陣」
「なんだと?」
「俺は西高校の赤星竜太だ。あの時の続きをやりたくてこの場所に来た。スパイダルやレッドリーブスなんて知らねえよ」
「貴様はバカか」
「まあ、よくそう云われっけどな」
「では、死ね」
黒い異形の両足がとんっと揃う。次の瞬間、赤星の腹部に軽い圧力が加わった。人型の時より少し背が高くなっている怪人の顔が、黒い瞳に映っていた。
「貴様‥‥」
ハンドが右手で赤星の胸ぐらを掴んだ。怪人の左拳は男の腹部にぴたりと押し当てられた形で止っている。赤星の足はさっきからの位置から少しも動いていないし、その両手はただだらりと身体の両側に垂れていて、ガードにも上がっていなかった。
「何を考えている」
甲羅に覆われたような頭部から、少しくぐもった感じの的場の声が聞こえてくる。赤星は目庇のように思える部分をまっすぐに見つめて言った。
「的場‥‥。11年前の勝負、やり直そうぜ。見てみろよ、この空き地。きれいに片づいて、もうなんもジャマされねえ感じだろ?」
「‥‥‥‥」
「今まで俺から勝負を申し込んだことはなかったよな。だから、今、申し込むよ。的場。俺と勝負しろ。ただ、的場陣として、この俺と勝負しろ‥‥」
怪物と男は、彫像のようにしばし目線を合わせていた。少しの間のあと、怪物が男をぐんと突き放した。後ろに数歩よろめいた赤星の視界の中で、怪物は的場陣の姿に戻った。
的場が白いスーツの上着を脱ぎ、振り回すように脇に放り投げる。ネクタイを軽く緩めながらいつものこの男らしい嘲笑を浮かべた。
「いいだろう、赤星。生身の人間にアレで戦ってもなんの勲章にもならないからな。左手を使わないでやろうか?」
赤星がにやりと笑んだ。ポケットに手をつっこむと、ナックルを一つだけ取り出す。
「いいよ。かわりに俺、これ使わせてもらう。片方無くしちまったからちょうどいいや。‥‥それと、的場、これ‥‥」
赤星の右手が、何かをピンと弾いた。波長の長くなってきた光を反射しながら、それが的場の右手に吸い込まれる。
「なんのマネだ?」
受け取ったコインを親指と人差し指で摘んだ的場が、赤星を見る。
「それ、返すよ。俺、三途の川なんぞ行く気ねえから。この世界で生きてくんだ。お前もな」
夕日が、男の笑顔をひどく無邪気な色に染め上げた。
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