★第30話 (13/18)
(前へ) (次へ) (表紙)

明確に自分の身体に飛び込んでくるラインだ。だが受けたはずのダメージは不思議と意識に上ってこない。別の情報がそれをマスクしている。それは叩き込んだ拳の感触だ。攻め手によってはボディは喰らうのも覚悟。最小限の防衛本能と、相手を叩きのめすという命題の、ぎりぎりのバランスが、今の赤星の全てだった。

伸びてきた金属の拳を右で押しやり、的場の右脇をすり抜けざまに左腕を棒の様にぶんまわす。外腕が的場の喉めがけて叩き込まれ、相手はそれをスウェーで避けた。その背中側に一歩踏み込んだ赤星は膝裏から崩しに入る。いきなり左脇背に左の横拳が戻ってきた。つんのめって向き直った時にはこめかみを右の回し蹴りが襲ってきて、慌てて両手でブロックした。

もし観客がいたとしたら、それは最高の見せ物だったかもしれない。脳震盪を起こせば終わりだから頭部へ来る打撃だけはできるだけ避けている。ボディにはずいぶん決まっているように見えるのに、二人の動きはだれることがない。真芯で受けないようにしているせいもあるが、判断のリミッターが外れているとも言えた。

的場の左拳を外受けで流す。いいタイミングでフック気味の右が的場の頬に入った。的場が右後方に頭を流して衝撃を和らげる。赤星はそのまま踏み込み、左鎖骨のあたりに右肘を、続けて左拳を鳩尾に叩き込んだ。身体を離そうとした刹那、ちょうど肝臓の位置に強烈な一打を喰らう。とっさに引いたものの、一瞬、視界が白くなって後ろによろめき、へたり込む。意識の外に弾ききれない激痛に冷や汗が吹き出した。

「‥‥やるね‥‥。朝や昼とは‥‥雲泥の差だ‥‥」
そう言われて顔を上げた。的場の方も鳩尾に手をやって座り込んでいる。その声にはなんの意図もなく、ただ素直な賞賛があった。身体の芯をねじられるような痛みの中に、認められた時の単純な喜びが湧いてくるのが、どこか懐かしいような感じがした。
「‥‥へへ‥‥。まだ、ぜんぜんだぜ‥‥‥‥」
赤星がにっと笑い、よたよたと立つ。カラ元気も強がり笑いも、やってるうちにホンモノになることを、この男は息をするように知っていた。

「‥‥あれだけレバーに喰らって、そのツラか‥‥。だいたい貴様、鈍感過ぎる‥‥」
的場が悪態をつきながら口元の血を拭い、立ち上がった。
「‥‥わかったら‥‥、まいったって‥‥言えよな‥‥」
赤星が右脇の肋骨下部を左掌と右肘で押さえ込みながら、それでも腰を落として構えた。初めて聞く的場のグチめいた言葉が、人間的に思えて妙に嬉しい気分になってくる。

的場が、少し伸び上がるようにしてから、すとんと肩の力を抜いた。相変わらずきれいな立ち姿で、赤星よりいくらか余裕があるように見えた。
「何故だ、赤星。何故、1:1にこだわる? 5:1ならそっちに勝ち目もあった」
赤星が少し驚いた声をあげた。
「お‥‥お前‥‥。自分が絶対勝てるって思ってたわけじゃ‥‥」
「もちろん勝つさ。ただ、あまりにわかりきった賭じゃ、少し軽すぎる気がしたからね。僕の新しい門出には、そのくらいのボリュームがあったほうがいい‥‥」

赤星は痛みを忘れて、的場の顔を見つめた。

だから‥‥1人ずつ狙わずに、5人揃えて相手しようとしたのか? 勝って、スパイダルに行くことだけでなく‥‥負けて‥‥死ぬ可能性も‥‥。運命に、自分の命を賭けて‥‥。

「質問に答えろ、赤星。何故、5人でかかってこなかった?」
的場が淡々と繰り返す。赤星は少しだけ躊躇い、正直に答えた。
「‥‥‥‥あの姿になったお前を倒すには‥‥100%、お前を殺す方法を考えなきゃダメだと思った。でなきゃ、また、誰かがケガを‥‥。俺‥‥どっちも選べなかった‥‥」
「フン‥‥やっぱりね。‥‥いったい、何様のつもりだ? 不幸な知り合いを助けて、自己満足に浸りたかったか?」
「そんなんじゃねえ! ‥‥あん時、ちゃんとできなかったから、今度は‥‥‥‥。‥‥あと‥‥‥。‥‥‥‥‥‥‥ええいっ くそったれっっ!!」
懸命に言葉を探し始めた赤星が、急に大声をあげて頭をがしがしと掻きむしった。

「俺はお前が死ぬなんてイヤだ! 仲間がケガすんのもイヤだ! それだけだ! 俺のやるコトにいちいち理屈つけんじゃねえっ! 聞かれたってわかんねえんだからっ! とにかく俺の言ったことだけ、わかれよっ‥‥‥‥‥っつ‥‥」
一気にがなり立てて、顔をしかめて右脇を押さえた。それでもなお、的場に1本指を突きつける。
「どうすんだ! 終わりにすんならお前の負けだ! スパイダルと手ぇ切れ!」

大きく見開かれた黒曜石の瞳だった。

表も裏も何もなく、アトモスの輝きを放つ貴石。それでいて、全ての色を、受け入れる、黒‥‥。

それが、ただまっすぐに的場の目を見つめていた。


的場がくすりと笑った。軽く視線を落として両手で髪を掻き上げる。
双手が、隙のないいつもの位置に戻り、整った顔をあげた。静かな目だった。

「僕は今ほど、お前に勝ちたいと思ったことはないよ、赤星‥‥‥‥」

的場の両足が、とんっと揃った‥‥


===***===

「Staff Only」と書かれたドアがひどく乱暴に押し開けられて、店内にいた黒羽と黄龍は驚いて顔を上げた。
「有望さん、どうしたっての!?」
エプロンをとってカウンターを出てきながら黄龍が言う。髪を乱してちょっと荒く息をついた有望の様子に、黒羽も既に立ち上がっていた。
「赤星が何か?」

有望が虚をつかれたように二人の顔を見つめ‥‥少し俯いてから、そっとドアを閉めた。
「‥‥応答しないの‥‥。携帯も‥‥。御免なさい‥‥。気のせいかもしれないんだけど‥‥」

黄龍はもうメットに手を伸ばしていた。肩章に押し込んであった手袋を引き抜きながら黒羽が訊ねる。
「場所は?」
「T5ポイントの車の解体工場で、ログを見たらもう30分以上もそこにいるみたいで‥‥」
「わかりました。すぐ行きます」
「‥‥ほんとに、御免なさい‥‥」

小さな声でそう言った有望に黄龍が微笑む。
「あーらら、有望さんのセイじゃないっしょ。赤星サンに限って大丈夫だって」
話が私闘の色合いを帯びてきて、遠慮する気持ちもわからないではない。だがいつもの合図を使わずに駆け上がってきたのがいじらしい感じがした。このとびっきりの美人にこんな顔をさせているのがあの男かと思うと、世の中、正しいんだか間違ってるんだか分かったもんじゃない。

「ま、旦那へのお小言でも考えてることですよ、主任。今までと同じようにね」
もったいをつけておどけた黒羽に有望が少し微笑み、黒羽と黄龍の顔を見比べて言った。
「‥‥ええ、そうするわ‥‥。本当にありがとう‥‥」


黄龍はバイクに乗ろうとしたが、黒羽に合図されて黒い車の助手席に乗り込んだ。黒羽が緊急用のライトをルーフに付けると車を発進させる。一転して不安げな表情になった黄龍が呟いた。
「まさか、もうアイツと会ってんじゃ‥‥‥‥」
「いくら旦那だって、悟り開くのに廃車場ってことはねえだろうしな‥‥それにあのお人が呼び出しに出ないなんて、考えられんだろ」
「まあね。そこんとこだけは、あんたと違ってマジメっぽいからな」
「云ってろ‥‥。ったく、勝手にやり合ってたら、お灸じゃすまんぞ」

‥‥‥‥毎度のことだが、どーしてこの二人は自分のことをこううまく棚に上げられるんだ? と黄龍は内心で突っ込んだ。まあ口に出してもしょうがないので黙っていたが‥‥。そんなことを思われているとはつゆ知らず、黒羽は少し怒った横顔のまま、ひたすらに車を走らせ続けた。

(前へ) (次へ) (表紙)
(一覧表へ) (龍球TOP) (TOP)