★第30話 (15/18)
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的場が消滅する寸前の痙攣がそのまま残ってしまったかのように、膝をついた赤星はがくがくと震え続けていた。抱きしめたシャツには、まだ的場の体温が残っている。

「愚か者め‥‥。その身体にディメンジョン・ストーンを埋め込まれた者が、我らを裏切るなど許されんのだよ」
魔神将軍の、カンに触るような高めの声が、どこか遠くから響くように聞こえてくる。

上半身がふらりと前に倒れ、男は地面に両手をついた。その掌の下には雑すぎるディスプレイのようにワイシャツとネクタイが散っていて、シャツの裾からは白いスラックスへと続いている。たぶん上質の生地で縫製されたそれは、友の最後の苦悶のままの角度に折れ曲がっていた。

シャツのあちこちを確認するように押さえる。そうしていれば、その布地の中にあの肉体が戻ってくると思っているかのように‥‥。だが掌に返ってくるのはでこぼこした地面の感触だけだ。男の手は動きを止め、ぺたりと肘までを地につけた。
「‥‥なん‥‥で‥‥‥っ‥‥‥」
白い生地の中に額を押しつけた男から呻きが漏れる。その耳の奥には、的場が自分を呼ぶ最後の声が、まだ残っていた。

シェロプが、うずくまった赤星に嘲笑を投げつけた。
「まあ恨むな。自業自得さ。所詮、その男もハンパものだったようだな」

その声に、赤星がゆっくりと顔を上げた。シャツの脇に見覚えのあるものが落ちていた。髑髏がレリーフされた1枚のコイン。その金色はひどく温かい光を放って、赤星の目に飛び込んできた。

震える手が、それを拾い上げた。

コインを握りしめた左手を自分の胸に押しつけ、赤星は異界の長身を睨め付けた。その瞳はぎらぎらと、普段の彼からは想像もできない険悪で凶暴な光を放っていた。シェロプを射抜かんばかりに見つめたまま立ち上がる。右手でリーブレスを掴んで指紋照合を行うと、食いしばった歯の間から押し出すように、決められた言葉を吐き出した‥‥
「着‥‥装‥‥」
シュンッと実体化した緋色のスーツが男の身体を覆った。

「‥‥ど‥‥け‥‥‥」
黄龍も、そして黒羽でさえ、その言葉が自分たちに発せられたものだと、一瞬気付かなかった。かつて聞いたことのない赤星の声音だった。
「‥‥おい‥‥ムリだって‥‥!」
赤星を引き留めようとした黄龍を黒羽が制する。ヘタに手を出せば仲間でも殴りかねないほどの激情。この大らかな男がここまでの殺気を帯びるとは、黒羽にとっても驚きだった。こうなってしまっては一撃でも喰らわせないことには収まりがつかないのだろう。

赤星が基地を出たあと、黒羽もずっと的場という男のことを考えていた。もし赤星の願いが叶って和解できたとしても、あれだけ肉体を改造されていては、いきなり暴れ出さない保証なぞどこにもない。手術を重ねても元の姿に戻るのは難しいだろう。長い期間、閉じこめられ、研究素材となって‥‥。
なにより彼はスパイダルの怪人である以前に、何人もの人間を殺している「殺し屋」なのだ。あの人数では、極刑か、よくて無期懲役か‥‥。何がどう転んでも明るい解決策など見いだせない。結局、赤星は辛い思いをするし、的場とて‥‥。ならばいっそ‥‥とまで思っていた。

だが‥‥

さっき、的場の落ち着いた表情と、赤星の子供のような笑顔を見た時、的場も生きていてよかったと、不覚にも思ってしまった。なんの根拠もないのに、何か道が見つかるかもしれないと‥‥。それこそが、赤星竜太という男の不思議なのだろう。密かに恐れていた赤星の自棄的な相打ちという形にもならず、殺さず、殺されず、長い年月に凝り固まった誤解と憎しみの塊を溶かした。なのに‥‥。


歩いてゆく男の足取りはしっかりしていて、さっきまでふらついていた人間とは思えない。その右拳がふわりと金色を帯びた。一方のシェロプは腰のサーベルを鮮やかに抜き放つ。
「ハッ! その身体で向かってくるか! 賤民の分際で私の手にかかることを光栄に思うがいい!」
2mを越す長身が、片手で振りかぶった剣を素手の男に打ち下ろした。

「なにっ」
刀身の中程を男の白いグローブが掴んでいる。汗を流して前線に出るなどまっぴらなシェロプとはいえ、3次元の人間では及ばぬ力を持っているはずだった。
「ばかなっ」
シェロプはそのままサーベルを押し込もうとする。だのに、そのサーベルはぴくりとも動かない。それどころかじわじわと左側に倒されつつあった。
血にまみれた左手が、ほとんど肩の高さまで開かれる。自分に真っ直ぐに向いているゴーグルは、日の落ちてしまった今では真っ黒で、男の表情は見えない。

そうだ。きっとこれは人間ではないのだ。きっとヘタに動けば、この人の形をした"もの"は、自分を道連れに爆発する‥‥。
シェロプは、わけのわからない恐怖に縛られていた。

男が一歩踏み込む。シェロプがサーベルを手離そうとやっとこさ思い立った時はすでに遅く、顔の中心に激しい打撃を喰らった。
「がっ!」
シェロプが顔を押さえて前屈みになる。掴み取ったサーベルを投げ捨てた男は、その頭に手本のようなソバットをぶち込んだ。大きな回転に乗せて破壊力のある蹴りを側頭部にくらったシェロプはたまらず吹っ飛び、仰向けに倒れた。

「立て!」
仁王立ちになった赤星が恫喝めいた声で怒鳴る。
「‥‥こ‥‥。き‥‥、きさ‥‥ま‥‥」
異世界の野蛮人に、こともあろうに頭を足蹴にされて、シェロプは怒りにくらみそうになりながら立ち上がる。何か後悔させるようなことを言おうとしたが、男の怒号のほうが早かった。
「立て! あいつをハンパだってなら俺を殺してみろっ! 力じゃあいつ以下だった俺を!! てめぇの手で、直接やってみやがれ、この腰抜け野郎っ!!」

「黙れっ!!」
魔神将軍が左手を水平に払うと手の甲から鞭が繰り出された。それがウミヘビのように赤いボディにまとわると先端部が背中を強打した。
「ぐ‥‥っ」
赤星が膝をつく。跳ね返ってしなったそれが頭部に降ってきて、反射的に両腕で頭を庇った。
「この‥‥っ 卑賤な輩が‥‥っ」
シェロプの声がヒステリックに跳ね上がり、肩や背中にむちゃくちゃに鞭を打ち下ろし始めた。

「レッド!」
「手ぇ出すんじゃねえっ」
怒声に、二人の足が止まる。その声には苦痛の欠片もない。たぶん物理的に動きにくいだけで、何も感じていないのだ。逆にまずいと思った黒羽が踏み出した瞬間、赤星の右手が鞭を掴み取る。シェロプの虚を捉えてそれをぐんっと引っ張り、白いマスクに思いっきりの左拳を叩き込んだ。後ろによろめいたシェロプの頬が地球人の血のりで汚れる。赤星の手から鞭がするりと抜けた。

「だあぁっ!!」
いつの間に拾ったのか、シェロプのサーベルを掴んで男が突き込んできた。名誉ある紋の刻まれた自身の得物! シェロプが必死で身体を開く。刃がすり抜けざまにその左脇腹を切り裂いた。
「き‥‥貴様‥‥」
シェロプの左手がサーベルの鍔をがしっと握りしめた。男は刀身をはね上げてなおも斬り込もうとする。さしものシェロプも名誉がどうこう言っている場合ではなかった。男のこめかみのあたりを右手を薙ぎ払い、その身体を打ち飛ばす。

「お‥‥覚えていろっ!」
「待ちやがれっ」
ぼやけた長身を捕まえようとして走り出した身体が後ろから引き止められた。
「赤星!」
「手ぇ出すなって云ったろうがっ」
暴れる身体を黒いスーツがとり押さえる。黄龍が赤星のリーブレスにコードを打ち込んで、むりやりスーツを解除した。

頬が夜気を帯びた空気に触れたとたん、赤星の身体からかくんと力が抜けた。
「‥‥あのヤロが‥‥にげ‥‥る‥‥。にげ‥‥」
「もう、間に合わん。終わったんだ」

赤星が呆然と黒羽と黄龍の素顔を見比べた。瞳が宙を泳ぎ、宵の明星の貼り付いた紫色の空を仰ぐ‥‥。と、その身体が、糸の切れた操り人形のように、仲間の腕の中に崩れ落ちた。


握りしめた左手が緩み、血の雫を弾きながら金色のコインが滑り落ちた。

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