★第30話 (17/18)
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翌日。例によって赤星は普通の生活に戻った。彼に言わせればこの程度のケガに一番効くのは「気合い」らしい。ヤクザみたいだけどコレが一番いいやと、自分で胸にきつめに巻いたさらしは、二晩目も泊ってくれた洵にも理にかなってると褒められ、得意げな赤星の顔を見ては、有望の反対する気力も失せた。
基地にある血液検査機で調べた結果、身体機能の回復は著しいようで、洵は「いまさらだけどさぁー。竜太さんってば、異常だって」と呆れた。それを聞いた黒羽はしごく真面目な顔で「このお人をヤルにゃ、きちんと頭を潰さないと‥‥」と物騒なコメントを述べ、「俺はムカデかよっ」と応じたいつもの赤星に、医務室は笑いで埋まった。
輝の回復もすこぶる順調だった。元アスリートだけあって、輝はこういった意味での身体のケアはまめだった。赤星も元気な輝の様子を見るのがことのほか嬉しいらしくて、にこにこと手当の様子を見ていた。
明後日になったらちょっとずつトレーニングを始めていいと洵からお墨付きをもらった輝は、赤星が何も言わないうちにその顔の前で人差し指を振り回して、「リーダーはまだだからねっっ」と宣言した。赤星が反論する間もなく「ちゃんと治ったら付き合うからね! ちょっとずつだよっ わかった?」と畳みかけ、苦笑した赤星は「わかった。わかった」と頷くしかなかった。
やはりというべきか、赤星には的場が消滅したあとの記憶はところどころしかないようだった。
「凄まじかったぜ、赤星さん」と黄龍に言われた赤星は、「‥‥あんま‥‥覚えてねえんだ‥‥」と困ったように答え、不安げに「俺‥‥お前達になんもしなかったか?」と聞いた。昔、暴れる赤星を取り押さえるのに、真道という人は何度か殴られたのだった。「インケンヤローにきつーいお灸を据えただけで、あとはいい子でしたよ」と黒羽が優しい調子で答えてくれて、やっと安心したようだった。
西都病院は今日から外来を始めており、赤星は精密検査を受けに行く予定になっていた。直接結果を聞きたくて、有望が私が連れて行くと宣言したら、拍子抜けしたことに、赤星はしごく素直に有望の車の助手席におさまった。病院について、MRIその他の検査をする間も、医師から説明を聞く間も、有望はごく自然に赤星に付き添っていた。
今までの赤星には体調の悪さや悩み事などを隠したがるところがあった。その最たるものがOZのことだ。結局彼はぎりぎりになるまで‥‥、いや、本部崩壊という事態になってさえ、有望を巻き込むまいとした。兄や黒羽には全てを話しているようなのに、自分には話してくれない。気を遣わせまいとしているのは分かるけれど、そんな時はいつも寂しい気持ちになった。
けれども昨日からの赤星は、心の傷も身体の傷もありのままにさらけ出している気がした。馴染んだ古いつき合いのままの会話を交わしながら、有望はなにか新鮮なものを感じていた。
検査担当の医師の見立てでは、内臓にも骨にも重篤な症状は出ていないということで、改めて安心する。肝臓の腫脹や腎臓や脾臓の機能低下が回復するにはまだ何日かかかる。肋骨の亀裂骨折は3週間で完治するだろうという診断だった。事情を知らない医師に、とにかく安静にと言われ、赤星は一瞬困ったような表情を浮かべたが、素直に「はい」と返事をした。
途中から診察室に入ってきた洵は、担当の医師と少し専門的なやりとりを交わし、判断の一致を見るとにっこりと笑った。今日は担当ではないそうで、診察室を一緒に出て歩きながら「近くにとっても美味しいパスタ屋さんがあるんだ。ランチ、間に合うと思うよ?」と教えてくれた。ロビーで、洵は、ひどく優しい、でもどこか遠くを見るような、不思議な微笑で「お大事に」と見送ってくれた。
病院を出てすぐに赤星がベースに状況を伝え、「もう少し外出してていいですか?」と許可を取る。ただ食事をするだけなのになんだか浮き浮きした気分で、三色の小籏に飾られたこぎれいな店に入った。注文したスピナッチのパスタはゆで具合が絶妙でとても美味だった。赤星はアサリのリゾットなどとえらく可愛らしいものをオーダーし、ふーふーと冷ましながらも美味しそうにぱくついている。他のテーブルにも何組みかのアベックが居て、こんなところでこんな時間を過ごしているのが、なんだか夢を見ているようだった。
朝から的場の名前は一切出てこない。ただ、赤星が的場のことを考えているのはわかった。高校の時のたわいもない話がやたら飛び出してきたからだ。
古文が大好きなクラスメートが作って回していた手書きの新聞。絵達者な学生が毎期作った教師の似顔絵入りの時間割のこと。準備からして楽しかった文化祭‥‥。赤星のやる教師のモノマネは有望にもみんなわかったし、男子連中がある教師につけていたあだ名を初めて聞いて、笑い転げた。
話を聞いているうちに、こちらも色々な思い出が浮かんできた。空手部や柔道部の大会に助っ人出場する赤星の応援にでかけたことや、毎度、試験勉強の度に頭をはたきながら勉強させたこと。「だって、おじさまと竜水さんがそうしてくれっておっしゃったのよ」と言ったら「ひでえ!」と突っ伏して笑った。
自分の思い出の中にどれだけたくさん、この男の姿があることだろう。中学校のことも、小学校のことも、きっと同じ様に話せる‥‥。
そして‥‥今、自分の目の前に居るのはもはや少年ではなく、何事にも誠実で一生懸命で、強く、優しく、申し分なく大きな男だ。あのやんちゃなガキ大将がこんな風になるなんて、不思議な感じもするし、当然のような気もした。
丸二日ぶりのコーヒーを嬉しそうに飲み終えた赤星は、もう少し付き合ってくれないか? と言った。もちろんいいわよ、と答える。男は会計をしながら、店員に、近くに花屋はないかと聞いている。ああ、弔いがしたいのだと、有望は思った。
車に戻ると、場所を説明するのが面倒だから、自分で運転すると言いだした。今日のこの特別な雰囲気に免じて、素直に運転席を譲った。
教えてもらった店は今風の洒落たフラワーショップだった。試合後のボクサーのような赤星の姿に、若い女性の店員は少し引いていた。でも、少し恥ずかしげに真っ赤な薔薇の花束を持つその姿は、けっこう絵になると思うのは自分の贔屓目なのだろうか‥‥。
赤星はある市民墓地の駐車場に車を入れた。有望に花束を持ってもらうと、手桶を二つぶらさげて前に立った。迷いもせずに石の群の中を歩いていき、一つの黒御影の前で止まる。「的場家之墓」と彫り込んであった。地面に散らばった菊はまだ綺麗な色が残っている。まるで昨日の夕立で生き返ったかのように。だが墓石の前の薔薇の花束はすっかり変色していた。
「言ったかもしんないけど、的場の親父さんとお袋さん、アイツが小さい時に死んでてさ。墓参りぐらい来るんじゃないかと思って、時々来てたんだ。でも、11年間会えなくて、やっと会えたの、おとといの朝だった‥‥‥‥」
赤星はそう言いながら、一昨日の残骸を右手だけで手早く集め、一つめの手桶の水を墓石にざっと流す。両手を合わせて一礼すると、おもむろに拝石をずらし始めた。
「ちょ、ちょっと、赤星、いったい何を‥‥」
驚いて咎める有望に赤星は苦笑を返した。
「俺、昔、的場を引き取った叔父さん夫婦に、あんなヤツいなくなってせいせいしたって言われたことがあってさ‥‥。今回のことで、直接会いに行っても、信じてもらえないだろうし‥‥。的場を‥‥親父さんたちんとこ、還してやりたいんだ‥‥」
拝石の重さがこたえたようで、ずらし終わると赤星は右脇を押さえて立ち上がり、少し息をついた。ポケットから的場の形見の曲がったコインを取り出し、陽にかざす。反射を確かめるかのように、何度か角度を変えて、それをじっと見つめた。
「的場‥‥。お前は‥‥ひとりぼっちじゃないんだぜ。‥‥今までも‥‥これからもな‥‥」
色々と思い出しているのか黒い瞳が揺らぎ、唇が何かをこらえるように歪んだ。そして、吹っ切ったようにコインを握り直すと、納骨棺の一番奥の気付かれにくい位置にそっと置いた。拝石を戻す時は、有望も少し手伝った。
赤星は、花受けには入りきらない薔薇の花束の根元を剥き出しにすると、水を満たした手桶に立てた。それを墓石の脇に置くと少し笑って呟く。
「お前の趣味に合わせてやるよ、的場‥‥」
有望もそっと手を合わせた。祈り終えて隣を見ると、赤星は少し放心したように黒い御影石を見つめていた。見られていることに気づいて、照れたように笑うと言った。
「で、有望。もうひとつ、付き合ってくれるか?」
有望はこっくりと頷いた。
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