★第30話 (2/18)
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的場が白いきれいな歯を見せて、にっこりと笑った。
「もう少し強くなってるかと思ったけど、期待ハズレだね。それとも僕が強くなりすぎたのかな? 若かったとはいえ君みたいなヤツを一瞬でもライバルと思ってたなんて、自分が恥ずかしいよ」
じゃり‥‥と革靴が踏み出す。
「そのうえ‥‥ついてもない勝負に勝ったなんて云いふらすヤツをね‥‥」
「‥‥ち‥‥違う! 俺はそんなこと‥‥云ってねえ!」
「君はただの偽善者さ。でももう、それも最期だ」
的場の眉間に自分を嫌悪する縦皺が刻まれるのを赤星は見た。端正な顔立ちだけに、ひどく酷薄な感じがした。両膝と片手で本能的に後じさる。だが蛇に睨まれた蛙のごとく身体がうまく動かなかった。
的場の黒手袋が何かを弾いた。目の前にキラリと金色のコインが落ちた。
「三途の川の渡り賃だ。持っていくがいい。今の君程度の腕で、この僕の‥‥超一流の殺し屋であるハンドに殺されるなんて、とっても光栄な話なんだよ、赤星君?」
「‥‥殺し屋‥‥?」
「そう‥‥」的場は喉の奥でくっくっと笑った。
「その意味では君に感謝すべきかな? 情とか、つまらんものを全部捨てさせてくれた君にね!」
「まと‥‥ば‥‥!」赤星が、押し殺した悲鳴のような一言を発した。
的場の身体にくんと力が漲ったとき、砂利を踏む多数の足音と話し声が聞こえてきた。墓参客のようだった。的場はすっと身体の力を抜き、両足を揃えると白い襟を正して髪と胸のチーフを整えた。そして這い蹲って自分を見上げる赤星に、再びにっこりと笑いかけた。
「一応墓参りのお返しをしないとね。恐怖の数日間。次までその命、預けておいてあげよう。云っておくけど、何をやってもムダだからね」
胸のポケットから濃いサングラスを出してかけ直すと、的場は振り返りもせずに遠ざかっていった。
赤星の全身からくたりと力が抜けた。汗まみれの額を腕に埋めてうずくまると、荒い息を数度ついた。顔を上げると、金色のコインが目に飛び込んできた。
不気味な髑髏のレリーフが彫ってあった。
===***===
「はいっ 喫茶『森の小路』で‥‥あ、マスター‥‥え、黒羽さん?」
電話に飛びついた輝が、受話器を黒羽に差し出す。
「黒羽さんっ マスターからだよっ」
黒羽はおやおやという風に肩をすくめると、受話器を受け取った。
「よう、どうしたね?‥‥ん?‥‥‥‥ああ、わかった」
黒羽の声がちょっと真剣になったのを輝は聞き逃さない。
「どうしたの? 何か‥‥」
「いや、なんでもねえよ。旦那のやつ、面白い刀剣屋を見つけたから来いとさ」
「あは、マスターも黒羽さんもそーゆーの好きだねっ」
「ったく、ガキみたいだからな、あのお人は‥‥。じゃ、坊や、店番を頼みますよ」
いかにも自分も店を見ていた風の言葉を残し、敬礼もどきの手振りで店を出ていく黒羽を見送りながら輝は微笑んだ。だって、黒羽さんだけで店番したら、いったいどういうことになるんだろ? まずお客さんの注文とるでしょ‥‥それで、コーヒー淹れて、サンドイッチ作ったり‥‥‥
後輩の可愛い想像のネタになっているとも知らず、黒羽は悠然とした態度で店を出た。輝の視界から抜けるといきなり早足で裏の居住棟に回る。赤星が自室から携帯で自分を呼び出すなど、あまり考えられないシチュエーションだった。幸い黄龍は佐原探偵事務所に行っている。瑠衣は‥‥黒羽にとってはあまり幸いでないことに、黄龍にくっついてやはり事務所に行ってしまった。一人娘の瞳がヨーロッパに行ってしまったために、書類の整理やらなにやらが大量に滞っているためだった。
「森の小路」の奥にある居住棟は、傍目にはごく普通のアパートに見えるが、中身は広めの長期滞在型ホテルのような作りだ。各部屋にはユニットバスと簡単なキッチンがあり、ベッド、デスク、ロッカーといった最小限の家具は用意されている。1階に2部屋、2階と3階に5部屋ずつあり、黄龍と輝と瑠衣の部屋は2階だ。葉隠たち科学者も仕事が忙しければ空いた部屋に泊まった。
赤星の部屋は1階の一番出口に近い箇所。その奥が黒羽の部屋。最初に出来たのがこの二部屋だったのでこうなった。ノックして赤星の必要なものしかない殺風景な部屋に入る。部屋の主は机の椅子を移動してくると黒羽に勧め、自分はベッドに座った。少し照れくさそうな笑顔は浮かべているものの、なんだかひどく疲れたような感じで、まったくいつもの赤星らしくなかった。
「わりいな。ヘンな呼び出し方しちまって」
「どうしたんだ、いったい?」
「いや‥‥ちょっと個人的な相談でさ。お前、ハンドって名前の殺し屋のこと、聞いたことある?」
「名前だけは聞いたことがある。拳法の達人で、武器を使わずに殺しをやるらしいな。ターゲットがかなりの使い手か、ターゲットの用心棒に強いヤツが入ってないかぎり引き受けないって話だ。で、殺しの現場にコインを残していく‥‥」
「それって、こんなヤツ?」
赤星が黒羽の前で掌を開いた。金色のコイン。黒羽はそれを取り上げると、試すがめつ、何度かひっくり返した。表に髑髏、裏には左手の骨格がレリーフされている。
「オレも‥‥初めて見るが、話とは合ってるな。いったいどこで、これを‥‥?」
コインから視線を上げると、赤星がひどく苦しげな表情を浮かべていた。
「そいつ‥‥どのくらい殺してるんだろう‥‥」黒羽の問いには答えず、そう言った。
「さあ‥‥。たいていは悪党同士のつぶし合いで、どちらかに雇われるケースが多いらしいが、カタギの殺しでも、じつはハンドが絡んでたって噂のあるヤマはある。名前が売れてからだって大物ばっかり十やそこらはやってるだろうから、その前から入れれば‥‥」
「そう‥‥か‥‥」
赤星がほうっと息を吐くと目を閉じて仰向けた。と、その顔が痛みをこらえるように一瞬歪み、手が右の脇腹を強く押さえ込んだ。黒羽の眼差しがすっと険しくなる。
「お前‥‥‥。まさか、ハンドにやられたっていうんじゃないんだろうな!?」
「‥‥なんとか直撃は避けた。たいしたことはねえ‥‥」
「おい、ちゃんと話せ。いったい、どういうことだ!?」
「‥‥‥‥知り合いだったんだよ、そいつ‥‥」
「なんだって?」
「‥‥‥昔、高校の時に行方不明になっちまったダチがいるって、云ったことあったろ? 西条さんにつなぎつけてもらって‥‥。で、今日、ひょんなことでそいつに会ったんだ‥‥‥」
沈黙が続いた。普段の赤星は聞かれるままに自分の事を話すタイプで、こんな様子になることはあまりなかった。黒羽は先を促さなければならなかった。
「それで? なんでやり合うことになったんだ?」
「‥‥俺があいつを騙したって思ってて‥‥俺を‥‥殺したいって‥‥。俺、そんなことしてねえんだ! でも‥‥勘違いしても、ムリねえのかもしんねえ‥‥‥」
食いしばった歯の間から押し出すように呟く。
「‥‥殺し屋なんて‥‥‥‥‥‥」
そのまま深くうなだれてしまった赤星に、黒羽は珍しくかける言葉に窮した。
「‥‥‥‥赤星、何があったかは知らんが、ハンドがお前を狙ってるとあっちゃ、オレとしても黙ってるワケにはいかねえな。こっちのつて使って、あと警察にも‥‥」
「それは‥‥! ‥‥あ、いや‥‥」
顔を上げた赤星は、視線を少し泳がせ、黒羽を見て引きつった笑みを見せた。
「もしあいつがお前の云うような腕利きの殺し屋なら、見逃してくれたりしねえだろ? きっとそんなホンキじゃねーんだよ。ほら、今日、いきなり会ったからさ。俺の方もびっくりして、まともに受けらんなかったし。ちゃんと気を付けるよ。しばらく防護服とか‥‥」
「ごたくもたいがいにするんだな。自分の立場はわかってるはずだ。お前の命、今はお前だけのもんじゃない。それに、ハンドがすでに何人も殺してるのは事実なんだぜ?」
「‥‥わかってる‥‥。でも‥‥‥あんとき、俺が、もう少しなんとかできてたら‥‥‥」
「お前さんの悪いクセだよ。そうやってなんでも責任を感じちまうのは。だが、過去にこだわっても仕方ねえだろう。今となっちゃハンドを助ける道は一つしかない。逮捕して罪を償わせるんだよ。旦那ならハンドの囮ってヤバイ役目も務まるだろうしな」
赤星は泣き笑いのような表情を浮かべた。
「‥‥‥‥また、アイツに恨まれるな‥‥‥‥」
「ほっとくんだな。恨まれたって、死にゃしないさ」
黒羽がにやりと笑って答えた。
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