★第30話 (3/18)
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(な‥‥なんなんだろ、あの人‥‥)
輝は、人混みの中、見え隠れしながら歩いてくる一人の男に注意を奪われていた。
5月の連休の中日。S駅周辺は通行人でごった返している。輝はマウンテンバイクを引きながら、駅に向かうなだらかな坂を下りていた。歩行者天国になっていてもなんとなく中央部が空いているのが面白い。ちょうど出店のラムネが目に入って、どうしようかと立ち止まり、男に気付いた。
その男は、輝の歩いているのと反対側の端を上ってきていた。真っ白なスーツに金縁の濃いサングラスという出で立ち。似合ってないとは言わない。言わないが‥‥。日頃、黒羽を見慣れた輝の目にも、"浮き"過ぎに見えた。はっきり言って、ドラマの撮影かと思った程だったのだ。何人かの通行人も振り返るが、当の本人はまったく気にしていない。左手をスラックスのポケットに突っ込んだまま、ゆったりした歩みで雑多にうごめく人間たちを交わしていく。
S駅周辺でディメンジョンストーンが発する電磁波がキャッチされた。ブラックインパルスの一件以来、スパイダルは新型のアセロポッドを使うことが多くなっている。新型は体内にディメンジョン・ストーンを持っていないから、電磁波走査でひっかからない。今、S駅周辺を動き回っているのは、旧型か、ヘタすれば怪人だ。そのうえ、電磁波の強度から考えると、数匹で行動しているのは間違いないようだった。
警察の方では不穏な動きはキャッチしていなかった。今の状態で厳戒態勢を引くとなると、範囲がかなり広くなりパニックも起きかねない。ということで、オズリーブスの面々は着装せずに不審な人物がいないかを手分けして探していた。リーブレスには、周囲の電磁波の変化をサンプリングしてベースに送信する仕組みがある。携帯電話の電波など雑音も入ってしまうが、そこから、ディメンジョンストーン特有の波形を抽出することは可能だった。
と、坂の上の方から怒声と悲鳴の入り交じった騒音が聞こえてきた。
「たっ 助けてっ!」
茶髪の高校生ぐらいの若者が二人、まろぶように駆け下りてくる。その後ろから四人、同い年ぐらいの男達が追いかけてきた。典型的なチーマーという雰囲気だ。
「てめェ! 待ちやがれっ」
「人の女、ナンパしようってか! カクゴ、できてんだろーなァ!」
通行人が両脇に避ける。確かに関わり合いにはなりたくない状況だ。だが、物見高い連中も多い。おっかなびっくりの人垣の間を、なりふり構わない二人が走っていく。
マウンテンバイクにチェーンロックをした上に、ちゃっかりと人垣の一番前に進み出ていた輝が、助けに入ろうか、警察に電話しようかと悩んだ時だった。通行人の中でただ一人、自分の進路を確保し続けていた男に、逃げる男達がぶつかって転んだ。
(はっや‥‥)
白いスーツの男は二人の若者が衝突する直前に身体を開いてまた元の体勢に戻った。二人はつんのめったにすぎない。あまりに紙一重の動きだったので、周囲の人間には完全にぶつかったように見えたろう。優れた動体視力を持つ輝だけが、男の‥‥的場陣の本当の身体さばきを見ていた。
的場はちょうど逃げる者と追う者の間に入った形になった。四人が的場に詰め寄る。
「なんだ、てめェは!」
「ただの通行人ですが」
「そいつら、庇おうってェのかよー」
的場は若者たちににっこりと笑いかけた。
「いえ、そういうつもりはありません。どうぞ、ご自由‥‥、あ‥‥行っちゃいましたね」
二人は既に逃げていた。だが、もっとなぶり甲斐のある玩具を手に入れた四人にとっては、それはどうでもいいことだった。
「オジサンが、でしゃばんじゃねェよ!」
的場よりも背の高い若者が、スーツの胸元を掴もうと手を伸ばす。が、的場の上半身がそのままスライドするかのように下がり、若者の手は空を切った。的場が冷笑を浮かべて襟元に手をやった。
「汚い手で触らないでもらえますか?」
「なにいッ!」
若者が的場の四方を囲む。背後に回っている二人が的場を両脇から捉えにかかり、背の高い男が殴りかかった。こういうことに関しては連携と分業がきちんとできあがっているらしい。
一瞬、白い姿がすっと沈む。右脇の男が、ぐえ、といったうめき声をあげて倒れ、左側の男は驚きの声とともに腰から崩れた。見物人がきちんと理解できたのは、的場の黒い革手袋が殴りかかってきた男の顔面に決まった場面だけだった。
「うぎゃあぁっ!」
鼻骨をへし折られた男が悲鳴をあげて転げ回った。腿裏に痛烈な蹴りをくらって尻餅をついた男は、逃げようとするが腰が抜けている。右肘を鳩尾に打ち込まれた男は、すでにうずくまったまま動かなかった。
(う‥‥、うそ‥‥‥‥)
かろうじて的場の動きを追うことのできた輝は絶句していた。右の肘打ちと左足先で男を蹴り上げたのはほとんど同時だった。左足を戻すより早く右拳は前に動き出していた。それも手加減して‥‥。本気でやったら、カウンター気味のあの右拳は鼻を陥没させた上に頬骨まで折っていただろう。左手はずっとポケットに入ったままだった? その上‥‥‥‥
「あーあ。気に入ってたのに、血がついた。仕方がない。これ、あげます」
的場は、いつのまにか右拳に被せていたポケットチーフをふわりと投げ上げ、さも汚さそうにつまみ直すと、一人残って硬直している若者に突き出した。肘打を食わした直後にポケットチーフで拳を覆い、それで正面の若者を殴りつけたのだった。
残った男はがくがくと震えたままだ。的場は少し肩をすくめ、チーフをするりと落とす。
「大した力もないなら、最初からそうやって大人しくしてればいいんですよ」
蔑んだようにそう言ったあと、唇の端がにやりと歪んだ。
「もっとも、下手な根性とやらで向かってこられても、よけい不快ですけどね。では失礼」
的場は、軽く会釈までしてみせるとおもむろに歩き出した。呑まれた観客達が機械人形のように道を開ける。色白の顔は濃いサングラスのせいもあって、もはや何を考えているのか見当もつかなかった。
呆然とその白い姿を見送った輝は、そこで初めてリーブレスが振動していることに気付いた。人垣をくぐり抜けてバイクのところまで行くと、携帯を取り出してベースに電話をかけた。
「おお、輝くん! よかった。心配したぞ!」
葉隠のほっとしたような声が聞こえた。
「え? なっ 何かあったのっ?」
「君のすぐそばに、例の電磁波の発信源があるようなんじゃ。気を付けるんじゃぞ!」
輝は思わず、小さくなりつつある的場の白い背中を見た。携帯電話からは、またもや葉隠の心配そうな呼びかけが続いた。
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