★第30話 (4/18)
(前へ)
(次へ)
(表紙)
輝は銀杏並木を見上げながら、ゆっくりとギアを落としたマウンテンバイクを踏んでいた。その先にはさっきの白い背中があった。左右には芝生が広がっているが、某放送局の裏庭と公園のはずれの境界にあたるこの道は、人気がない。
繁華街を抜けて、人通りが少なくなってきたあたりから、輝とベースの結論は固まっていた。前を歩いている男がディメンジョンストーンの持ち主であるのは確実なようだ。輝は、これはきっとアセロポッドではないだろうと思っていた。怪人が人間に化けているのか、アラクネーやブラックインパルスのような人間型の何かなのか‥‥。あちこちに散らばっていた仲間たちも、そろそろ集まってくるころだった。
前を進んでいた白い背中がいきなり立ち止まった。輝も思わず一緒に止りそうになったが、それでは付けてきましたと白状するも同然だ。何気なくそのまま素通りしようとした。
「いいんですよ、無理しなくて。わかってるんですから」
笑みを含んだ声に、思わず立ち止まる。男がゆっくりと振り返った。
「え‥‥え? オ、オレのこと?」
片足を地につけてわたわたとする輝に、男は声をあげて笑った。
「ハハ‥‥。慣れないことはおやめなさい。どういうご関係です、OZとは?」
男の目がぐっと険しくなり、光を帯びた。
「それとも‥‥何色の方ですか、とお聞きした方がいいのかな?」
輝はバイクから降り、その前に進み出ると同時に、相手の死角でリーブレスを全送信モードにした。これで状況は皆に伝わるはずだった。
「なんのこと? OZとか、何色って、どういう意味?」一応しらばっくれてみせた。
「オズリーブスの中の誰ですか? という意味ですよ」
「オレ、よくわかんない‥‥」
こっちの言葉半ばで、だっと突っ込んできた。輝はとっさに後ろのバイクに足をかけると、バイクを男の方にぐんとおしやりながら後ろに跳んだ。距離をかせいで身構える。さっきのこの男のスピードとパワーを、見切ることはできても、受けきれるかどうか自信はなかった。
「さて‥‥。噂通りすばしこい。グリーンリーブスですね、貴方」
男はマウンテンバイクのフレームを掴むとぐいと横に押しやり、にっと笑った。輝はごくりと唾を飲み込んだ。
「‥‥あんた‥‥誰なの?」
「答えにくいですねぇ でも、貴方が追いかけてきた理由は、これでしょう?」
男が左手をポケットから出し、革手袋の掌を開いて、輝に見えるように差し出した。そこにはきらきらと輝く緑の石が5、6個載っていた。
「ディメンジョン・ストーン‥‥‥!?」
「これがあればそっちから現れるって話、本当だったな」
「じゃ‥‥じゃあ、あんたの目的は、最初から‥‥?」
「そう。あなた達。さあ、早く他の人も呼んでもらえませんか?」
きいっとタイヤの軋む音がして真っ黒な車と大型の単車が一台突入してきた。バイクが急ブレーキで道の端にとまる。後ろのシートから華奢な肢体がとんと降りるとヘルメットをとった。長身がフルフェイスのメットを脱ぎながら、長い足を前から回す独特のやり方でバイクから降り立つ。乗用車からは男と対照的な黒ずくめの姿が降りてきた。
3人がざっと輝のそばに駆け寄る。瑠衣を庇うように立った黄龍がメットで乱れた髪を掻き上げながら、男を見つめた。
「俺様たちをおびき出そうなんて、おたく、いい根性してるね〜」
「僕も嬉しいですよ。みなさん、倒しがいのありそうな顔つきをしておられる」
男をぎっと睨め付けながら、黒羽が3人の少し前に進み出た。
「お前も人間型なのか。それとも怪人が化けてるのか? 正体を見せてもらおうか!」
「僕もスパイダルのことは、まだよくは知らないんですよ。でも、余計なことを気にせず、好きなことがやれる世界を作ってくれそうなんで、ちょっと手を貸そうかと思いましてね」
「知らない‥‥? それって‥‥まさか‥‥あんた‥‥」
輝が、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にしかけた時だった。
ひときわ大きなエキゾーストノートが響いて、左手から芝生のなだらかな斜面をバイクが下ってきた。乱暴な近道で公園を突っ切ってきたらしい赤星が、エンジンを切ったバイクを滑るように倒す。走り下りながらヘルメットをむしり取って放り投げると、そのまま仲間達と男の中間に飛び込んできた。
「どういうことだ、的場っ!!」
赤星ががなりたてる。一瞬、目を見開いた的場が、くっくっと笑い出した。
「おやおや、君もオズリーブスかい? いや、まあ、君らしいといえば、君らしいけどね。何かと僕の分岐点には君がいるのが運命ってわけか‥‥。本当にうっとうしいよ、赤星君」
「本気でスパイダルに手ぇ貸す気かっ! お前、自分が何やってんのか、わかってんのかよっ!」
黄龍も輝も瑠衣も、目を丸くして二人のやりとりを聞いていた。赤星の表情は見えない。だが、その両肩は荒い息に大きく上下し、握りしめた拳が震えていた。オズリーブスを倒すと宣言した白い服の男が、れっきとした人間で、それも赤星の知り合いであるのは確かなようだった。
一方黒羽は、思わぬ展開に内心舌打ちしていた。赤星と因縁があるという殺し屋がこんな形で出てくるとは‥‥。強化スーツを着た人間をわざわざまとめて相手にしようというのだから、この殺し屋に何か策があるのは明らかだった。赤星は、自分の所為で道を外したと罪悪感を持っている相手とは、きっとまともに闘えない。それはこの男の強さと表裏一体になっている弱さなのだ。だからこそ、ハンドの件については赤星は囮の役にしか立たない。そう、思っていたのに‥‥‥‥。
的場の脇の空間が、ゆらりと歪んだ。何度か見たその陽炎のような揺らめきに、赤星が数歩下がる。的場より頭一つ以上高い異形がそこに出現した。
「シェロプ!!」
「これはオズリーブスの諸君、ごきげんよう」
「てめぇが的場をそそのかしやがったのかっ!」
シェロプは猛った赤星を悠然と見つめた。この男がレッドリーブス。スパイダルの‥‥いや、自分の邪魔をしてきた、憎むべき男‥‥。オズリーブスは、主従の形がきちんとしていない曖昧で不完全な部隊だ。それでもその要になっているのは、レッドリーブスと呼ばれるこの男であるのは間違いなかった。
赤星の決めつけたような問いかけに、シェロプは普段通りの極めて尊大な口調で言った。
「これは失敬な。我々は、ここにいるハンド君に正式な依頼をしただけだが? 諸君らの抹殺をな」
オズリーブスが普通の人間と分かった時は流石の自分も少し驚いた。だが、怪人同様の闘う為だけの戦闘タイプにしては妙に甘い部分があったのも事実だ。だがそれも普通の人間故と分かれば、あとは精神面を突くのが一番効率的で面白い。同士討ちさせるためにこの殺し屋気取りを手に入れた。まさかレッドリーブスの直接の知り合いとは思わなかったが、結果的に最高の見せ物になりそうだった。
シェロプの書いた筋書きの、その行間すら埋めるように、白い男は旧知に向かって甘やかな物言いで続ける。
「そう。そして、僕はこの魔神将軍と契約をしたのさ。僕は君たちの命を土産に別の世界に行かせてもらう。強さだけが全ての世界にね」
「バカなこと云ってんじゃねえ! そいつら、急に踏み込んできて、この世界、自分たちのものにするってんだぞ! そんなヤツらの仲間になって、うまく行くわけねえだろーがっ!」
「素晴しいじゃないか。法律や義理や、わずらわしい友情や、自信の無い者が群れるだけの仲間意識、そういった下らないものは何もない。自分自身の力だけが評価される世界さ」
「人間を‥‥この世界を裏切って、それでいいのかよ!? それでお前に何が残るってんだ!」
「人を裏切ったのは、いったいどっちだ!」
笑みを含んだ的場の声がいきなり凍るように冷たくなる。赤星は唇を噛みしめた。
「違う‥‥。どうしたら、分かってくれんだ! あの話、オレが云ったんじゃ‥‥」
その言葉を遮るように、的場がディメンジョンストーンを載せた左掌を赤星の前に突きだした。その手をゆっくりと握りしめる。ぱきんという音をさせながら、的場は握り拳を少しよじった。もう一度左掌を開くと、粉砕されたストーンが風に舞った。
「君の命、半日も延びなかったね。けれど、変身すれば、もうちょっとだけ延ばせるかもね」
的場の両手が、不思議な動きを見せ、印のように組み合わさった。
「みんな、着装だ! 赤星っ」
黒羽が叫ぶ。その声で他の3人も着装に入る。だが赤星は的場から目をそらすことができなかった。
「魔性降臨」
瞑目した的場が呟く。その目がかっと見開かれ、激しい気合いが吐き出された。的場の左手から義手の黒い機械が増殖しだした。ケーブルやコイルやそんなものがわらわらと的場の身体を覆っていく。
機械に喉元まで覆われた男のひどく好戦的な表情が、逆に、学生時代の的場を強烈に思い出させた。
早く‥‥。早く、あれを取ってやらねえとっ
赤星は的場に駆け寄ろうとした。が、既に黒いスーツを身に纏った黒羽に引き止められる。
「ばかやろう! 早く、着装しろっ!」
「ああ、ごゆっくり。僕なら待ってる」
しゃべり方は完全に的場のものだった。トーンが少し低く、くぐもった感じになっているだけだ。だが、今や頭部まで全身を漆黒で覆われたそれは、まさにスパイダルの怪人の姿だった。
赤星が、子供がいやいやをするように首を振り、かろうじて声を絞り出した。
「うそ‥‥だろ‥‥」
「うそじゃない。今となってはこれも僕の姿さ。君たちのようにスーツを着てるだけじゃないよ」
的場の答えを、シェロプが面白そうに裏付けた。
「やはり素材がいいと出来が違う。素晴しいよ、ハンド君。本気で期待してよさそうだな」
「当然でしょう?」
的場がざっと一歩進み出た。
「赤星っ」
赤星を背中に回した黒羽が、もう一度強く叫んだ。
「ち‥‥着装‥‥っ」
とうとうリーブレスを掴んだ赤星は、あの日、突然に空っぽになっていた病室のことを思い出した。スパイダルとは闘わなければならないという思いと、この男をここまで押しやったのは、結局、自分なのかという思いに、引き裂かれそうな気がした。
(前へ)
(次へ)
(表紙)
(一覧表へ)
(龍球TOP)
(TOP)