★第30話 (6/18)
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「レッド、凄い‥‥」
瑠衣が感嘆の声をあげた。
「違うな」
黒羽の冷たい否定に黄龍が取りなすように言った。
「なにがさ。すっげーやる気じゃん、レッド。俺様、ちょっと意外だったな〜」
「何がやる気だ。遊ばれてること、本人が一番わかってる。そのうえぜんぜんアイツの形じゃねえ。立場も忘れて取り乱しやがって!」

いらついたその調子に二人はあとの言葉が続けられなくなった。黒羽が他の三人の前で赤星をあからさまに非難するのは珍しいことだった。なんのかんのとからかいはしても、赤星がリーダーであるという姿勢はけして崩さない。示唆があれば三人からは見えないところでそっと告げる。それはチームをうまく回すための、黒羽一流の気遣いだった。

輝には黒羽の言うことがよくわかっていた。赤星の攻撃が無効になっていることも見えていたし、今の赤星が、普段のスタイルではなくなってしまっていることも‥‥。

赤星の一番の特徴をあげろと言われたら、それは攻守一体だ。普段の彼は牽制以外にあまり無駄な手を出さない。とんでもないカンと柔軟さでよけて、かわして、カウンターで決める。自分や黄龍の打撃をただ受けているだけなのに「修行になる」と言ってるのはウソではなかった。最悪、取っ組み合っても力負けしない自信があって、近い間合いが保てるから、決まった時は威力が倍増する。

ただ、そういった理屈以外のところで、輝は自分の鼓動がどんどんざらついてくるのが止められなかった。赤星を赤星らしからぬ行動に駆り立てているもの‥‥。その焦りや哀しみや、そういったこと全部が自分の中に流れ込んでくる気がして、苦しかった。


友達なんだ、あの人‥‥。友達なんだ、リーダーの‥‥。
あの人はリーダーがキライだけど、リーダーは、あの人のことが好きで‥‥。

そんな人が仲間を襲ってくるんだ。それも自分の意志で‥‥。
そしたら、どうすれば‥‥。どうしてあげたら‥‥。


「イエロー、チャクラム用意して接近しろ。今度二人が離れたら、チェリーで同時に攻撃をかける」
「オーケー!」
「ミドとピンクは後ろに回れ。それで‥‥」
「待って!」
グリーンの小柄な身体が、ブラックのスーツに取りすがった。
「リーダーにやらせてあげてよ。ねっ 大丈夫だよっ」

「聞かんぞ、ミド。今のアイツじゃムリなんだ!」
「だって‥‥!」

「あ‥‥!」
瑠衣の声に思わず振り返る。ハンドの左のパンチを、右腕を絡めるようにして押さえた赤星が、相手の太い首に左腕を回して強引に投げに出ていた。だが、体勢が悪くて足を刈るのが後れた。

ハンドは左足を軸に身体を捻り上げ相手の背中に痛烈な右膝を入れた。衝撃で一瞬上を向いた赤星の、右肩の首の付け根あたりを左手でがっちりと掴む。ボールを殴るように、的確な右ストレートを赤星の左の頬に叩き込んだ。

吹っ飛んで仰向けに倒れた赤星が、それでもよろりと立ち上がり、頭を振った時だった。腕の中に何かがどさりと飛び込んできた。そのまま後ろに飛ばされて、背中から銀杏の木に激しく叩き付けられた。

「レッド! グリーン!」
ブラックチェリーの爆発音に混じって瑠衣の甲高い声がした。我に返ると自分のすぐ脇に瑠衣が膝をついたことがわかった。目の前に立っているのは黒羽と黄龍。黄龍が手を上げ、ハンドにかわされたらしいチャクラムをキャッチした。

赤星は急にぐっと重みの増した自分の腕の中を見た。
「え‥‥?」

輝が身体の前で逆手に握りしめていたトンファーは、ぐにゃりとひしゃげていた。手の力が抜けて、それがアスファルトの上にからんと落ちた。自分の代わりに黒い疾風を受け止めた小柄な身体は、水の入った柔らかい袋のように、くたりと脱力していた。
「あ‥‥‥‥。あ‥‥き‥‥」
赤星の喉から、言葉にならない呻き声が漏れた。

「おやおや。あの可愛い坊やに、なんてことさせるんだい? 思いきり叩き込んじゃったよ」
ハンドが左手をあげると、ぎしぎしと音をさせて、手首を曲げ伸ばしした。
ぐっと身構えた黒羽と黄龍にすっと両掌を向ける。と、それが真っ白なスーツ姿に戻った。
「今日はここまでにしましょう。考える時間をあげるのが僕は好きなんですよ。赤星君にとっても、面白いシチュエーションになったことだし。いいですかね。魔神将軍?」

的場の脇の空間が揺らいだ。瑠衣がたっと立ち上がり、黒羽、黄龍と並ぶ。赤星も片膝をついて体勢を変えると、輝の身体を抱き直した。どこかのったりとした拍手の音が聞こえる。大仰な態度で手を叩きながら、ゆらりとシェロプが現れた。

「いや、面白かったよ、ハンド君。君とは趣味が合いそうだ」
シェロプが五人の方を向くと、人差し指をたてて少し小首を傾げてみせた。
「一人ずつ減っていくというのも一興だろう、オズリーブスの諸君?」

「てめえら‥‥っ」
怒りに震えた黄龍がぐっとチャクラムを引いたが、それを黒羽が制した。今は輝の手当が先だ。相手がショー気分でいるなら、それはそれで利用すればいい。
「ほう。情報通り冷静ですね、ブラックリーブス? だけど、赤星にくっついてるようじゃ、あんまり頭はよくないな」
的場がくすくすと笑った。黒羽は両の手のひらを上に向けると、ちょっと肩をすくめた。
「かもな」
その所作に、二人の異界人は高らかに笑うと、すっと消えた。


赤星が輝の身体を抱えてがくりとへたり込んだ。赤いスーツがすっと解除される。
「‥‥きら‥‥、あきら‥‥っ」
震える声で呼びかける。鼓動も息づかいも身体越しに伝わってくる。だが華奢な身体は意識を失ったままだ。既に着装を解いて膝をついた黒羽が、輝のリーブレスにスーツの解除コードとパスコードを打ち込んだ。そして痛むほどにぎゅっと赤星の腕を掴んで言った。
「坊やを車に乗せろ。お前もだ」
赤星は無言で頷くと輝を抱えて、黒い車の後部シートに乗り込んだ。

黒羽が黄龍にかるく合図すると車をスタートさせる。見送った瑠衣が、輝のマウンテン・バイクに歩み寄り、それを起こした。
「大丈夫かよ、瑠衣ちゃん?」
「うん。赤星さんのバイクはしょうがないよね。あとでこよ?」
「ああ 気をつけろよ」
瑠衣は黄龍のマネをしてサムアップをすると、緩やかな坂を一足先に下っていった。

黄龍は、曲がった2本のトンファーを拾い上げる。ぶつけ合わせたらカンと澄んだ音がした。グリップの状態に戻そうとしたが、うまく戻らない。諦めてベルトにさすとジャケットで覆った。それから芝生に足を踏み入れ、転がったままの赤星のバイクを起こすと端に寄せて、キーを抜いた。

あの男の赤星への憎しみは、徹底的に煮詰まって、どろりとした薬液のように感じられた。憎まれることに免疫のない赤星が対処しきれず、仲間とあの男の板挟みでもがいているのも、赤星の気持ちに共感して、それを尊重したいと思った輝も、どちらもらしくて、やりきれなかった。

「シンドイ話だよな‥‥」

声に出したその一言が、輝のためなのか、赤星のためなのか、はたまた、あの的場という男のためなのか、黄龍にはよくわからなかった。



ルームミラーに映る輝は、赤星の肩にもたれたままぴくりとも動かない。色白の顔に少し日焼けした鼻先と頬の赤みが目立って、意識のない輝を余計子供っぽく見せていた。赤星は大きな掌を輝の頭に添えて、深くうなだれている。すまねえ、というかすれた呟きが黒羽の耳を打った。少し躊躇う。自分でもわかっているはずだ。だが、言わずにいられなかった。

「赤星。いくら恨まれてようが、お前がやられて話が収まるってもんじゃあるまい」
「‥‥そんなんじゃ‥‥。俺‥‥ただ、ちゃんと話したかっただけで‥‥」消え入りそうな声だった。
「怪物を相手にするからオレ達は5人いる。そのために武装もしてる。お前は自分が勝つ自信もないくせに、奴を怪物と割り切る覚悟もなくて、それなのに一人で向かっていった」

ミラーの中の赤星が目を伏せた。黒羽は静かな声で続けた。
「勝負始める前から負け犬になってるお前なんざ、オレは見たくねえ。自分を護れて初めて他人を護れるって、坊やにも瑛ちゃんにも、そうやって教えてきたのはお前だろう。お前が自分を捨てるとすりゃあな、お前は仲間のことも捨てることになるんだぞ」

赤星はこっくりと頷いた。心の奥まで突き通ってくるような声音に返す言葉もなかった。


だが‥‥。自分はいったいどうすればよかったのだろう。

墓地で会った時から、勝てないと思っていた。

方向がどうあれ‥‥あいつは極め続けてたんだ。自分の拳の道を‥‥。

そしてその向きを変えさせたのはこの俺で‥‥。


俺は‥‥‥‥‥


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