★第30話 (8/18)
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「赤星‥‥?」
両手に額を埋めて俯いた赤星に有望が歩み寄り、そっと声をかけた。赤星が顔を上げる。黄龍や田島や、当の有望自身も少し驚いたことに、赤星が無言で片手を伸ばすと有望の頬をそっと撫でた。その柔らかく品のいいカーブを無骨な手の中に包むようにして、その顔をじっと見つめている。この男が皆の前でこんなことをするなど珍しいことだったが、赤星が何を考えているのか、有望にはわかっていた。

「赤星‥‥」
もう一度そう言われて、赤星がはっとした。かすかに照れ笑いを浮かべると、有望の頬から手を離し、仲間の顔を見た。
「もう一回だけ、俺にチャンスをくれ。的場を倒すチャンスを‥‥」

「赤星。てめえ、さっきオレの云ったこと、わかってねえようだな」
そう言う黒羽の声はひどく険を帯びている。だが、赤星は、今度は悪びれもせずに言った。
「怪人になっちまうとあいつはやっかいだろ。だから、普通のカッコしてるうちに倒す。こっちが着装しなきゃ、あいつはあの姿になんねえ。特に相手が俺一人なら。だから‥‥」
「ちょ、ちょっと、赤星さんよ。んなの、アテになるわけないっしょ? なにバカなこと考えてんだよ、あんたは!」

「あいつ、云い方悪いから、そう見えねえかもしんねえけど、こと勝負に関しては卑怯なマネ、絶対しねえんだ。ほら、今日も、手の内、先に見せたろ? あーゆートコは変わってなくて‥‥」
「ここまで来て、まだそんな甘いこと云ってんじゃねえ! だいたい、オズリーブスとスパイダルって構図とっぱずしても、あのヤローはお前を殺すって宣言してんだろーが!」

「‥‥そうだよ。あいつは俺のこと殺したいぐらい憎んでる‥‥。どうして、こんなことになっちまったんだろ‥‥。でも、俺、昔、あいつに助けられたこともあるんだ。だから、もう一度だけ、赤星竜太として向き合いたいんだ。そうしなきゃ‥‥いけない気がする‥‥」

目線を逸らして、黒羽がぼそりと言った。
「今度は勝てるってのか。さっきはダメで今度は勝てる理由はなんだ」
「今は、まだ、勝てない」
「なにぃ!」
赤星の答えに、黒羽のトーンがまた上がる。
「それはこれから考える。お前に怒らんないぐらい、ちゃんと覚悟据えてやるから。もし、どうやってもそれができなかったら、レッドとして‥‥ハンドを倒すこと考えるよ。ワガママだってわかってる。でも、俺、もう、なんもやんねえで流れっちまうの、やなんだよ! あとでさんざん後悔するの、もう、やなんだ‥‥」

黒羽が赤星に据えた視線をまた背けた。黄龍は椅子の背にもたれかかって天井を見ている。田島はこんな時のクセで、しきりに眼鏡を拭いていた。葉隠は腕組みをして下を見たままだ。
横たわった沈黙を小さく震える声が破った。
「‥‥‥‥的場くんが、高校の時、私を助けてくれたのは、本当なんです‥‥‥‥」

4人が目を見開いて有望を見た。赤星が少し遮るそぶりをしたが、有望は葉隠の方を向いて、かまわずに話し続けた。
「‥‥的場くんの高校に、赤星を煙たがってるグループがあって‥‥。その人たちが、私を‥‥。でも、彼がすぐにその場所を赤星に教えに来てくれて、それで、助かったんです。的場君、この人との勝負によけいなジャマを入れたくないって‥‥。だから、着装しなければ、彼が変身しないというのも、わかる気はするんです‥‥。でも‥‥」

赤星の脇に立った有望は、小さな少女のように心許ない表情で、男の顔を見下ろした。
「‥‥赤星‥‥。あなたの気持ち‥‥わかる‥‥。わかるから、賛成してあげたい‥‥。あげたいけど‥‥‥怖いの‥‥。あの姿にならなくても、的場くんは、もう普通の人じゃないんでしょう? ‥‥私、どうしてあげたら、いいの‥‥?」

赤星が、今日初めてはっきりと笑んだ。まるで有望の不安げな表情と反比例するような笑みだった。不思議になんとかなるような気がしてくるいつもの笑顔だ。男はデスクについた女の華奢な手を両手で挟むと、なだめるようにそっと叩いた。
「心配すんな。生身のアイツとは今朝ちょっと組んだんだ。確かにえらく強くなってたけど、人間の域だったぜ? たぶん、変身しないと、早く動くワザとか使えねえんだよ。ヤバけりゃやめる。ぜったいムチャしねえって約束するからさ」

そんなの守ったことないくせに、と有望は思った。なのにいつも「俺のやったの"できる範囲のムリ"で、ムチャじゃねえもん」と言い張るのだ。

言い張って‥‥でも本当になんとかしてきた‥‥。いつも、この笑顔で‥‥。

有望がこっくりと頷いた。
「‥‥気をつけてね‥‥。本当に、気をつけてね‥‥」


「あっら‥‥。一番止めてくれそうなヒトが最初に許可しちゃうワケ? 有望さんってば赤星サンのこと、甘やかしすぎじゃない?」
つま先だけ床につけ、浅く腰掛けた座面を左右にふらふら回しながら、黄龍が茶化す。少しちぐはぐとしていた場の雰囲気が、すっともとに戻る感じだった。
「だって‥‥この人、一度こうするって云ったら、聞かないんだもの‥‥」
有望はちょっとだけ目尻を押さえると、いつもの勝ち気な笑みを少し取り戻して、そう答えた。

「で、赤星、その覚悟っての、どのくらいで完成するんだ?」
田島の言葉に赤星が少しこける。
「‥‥田島さん。メカの部品じゃないんですから‥‥。2時間考えて、ダメだったら諦めます」
どっちもどっちな答えではあった。
「うーん。やっぱり新しいセンサー開発するより早いか。1日だったらいい勝負だったのに」
「だ‥‥っ だからって、そっちもちゃんと作ってもらった方がいい気が‥‥」
「しかし、わたしの方が早ければ、堂々と止める理由になるのに‥‥。悔しい、残念だ‥‥」
田島のコメントとメッセージは、技術者らしくいつも明快でわかりやすい。赤星は苦笑すると、葉隠に目を据えた。

「すんません、博士。少し‥‥時間ください。ちょっと出かけて来たいんです」
「‥‥竜太。ひとつ約束せい」
「はい?」
「決して、つまらぬ意地に捕らわれんことじゃ。もし、考えて、勝てると思えなかったら、素直にそう認められるな?」
「はい」
「そうしたら、あの怪人を倒すことへ、気持ちを切り替えられるな?」
「‥‥‥ぱっとはできねえかもしんないけど、精一杯努力します」

想い人が命を賭してこの世に送り出したその息子は、若き頃の親友にそっくりの姿で、葉隠を一心に見つめてくる。歳を追うにつれて、奔放さより生真面目な辛抱強さが目につくようになってきたのも、やはり母の血なのかもしれない。
白衣の天才科学者は微笑んでゆっくりと頷いた。
「行っておいで。儂はお前を信じとるよ」

赤星はにっこりと笑うと、かたんと立ち上がる。ドアの脇によりかかっている黒羽は伏し目のまま動かない。赤星がその前で立ち止まった。
「黒羽‥‥。その‥‥、情けなくて、わりい‥‥」
「まったくだよ。困ったお人だ」
「すまね‥‥」
赤星がセンサーに手をあて、ドアが開いた。

「ああ、赤星。一つ云っておく」
黒羽の声に赤星が立ち止まった。黒羽は身体ごと赤星に向き直ると、少し顎をあげて下目気味に赤星を見た。
「オレは、お前があのヤローより弱いと思ってるわけじゃねえ。オレがアタマに来てたのは、お前の気持ちの問題だ」
「‥‥あ‥‥。うん‥‥。サンキュ。黒羽‥‥」

黒羽がにやりと笑った。
「礼はいらねえよ。オレはけなしてるつもりだからな」
赤星は気恥ずかしげな笑みで頭を掻くと、いつも黒羽がやる敬礼もどきを返して、部屋を出ていった。

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