★第34話 (1/9)
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「亜由美ちゃん、聞いていい?」
「なあに?」
「もしかして、柿沢君に…」
「うん。とうとうコクハクしちゃったvv」
「やっぱりー!」
歓声のような少女特有の高い声が響く。

ビルの狭間のちょっとした広場。背の高い煉瓦造りの植え込みで区切られた区画にベンチとテーブルのセットが配置されている。初夏の日差しの中、ドリンクやアイスクリーム等色々なスタンドが出ていて、いつも多くの人で賑わっていた。

松風高校1年1組の小倉亜由美と2組の桜木瑠衣、千葉メイの3人も、放課後のひとときをお気に入りのクレープをぱくつきながら楽しんでいた。
「今度ね、ディズニーランドに行くんだ」
メイに突っ込まれて頬を染めた亜由美は、それでも聞かれてもいないことまで話し出す。
「いいなー」
メイと瑠衣の声がイントネーションまでぴったり揃った。羨望の交じった祝福の決まり文句だ。
「柿沢君って二人の時どんな感じなの?」
「思ってよりマメでびっくりした」
「そうなんだぁ」

「そんなことより、瑠衣さぁ」
いきなり亜由美が瑠衣の方に乗り出した。
「うちのクラスの北島、何か言ってこなかった?」
「北島君って……サッカー部の?」
「そうそう」
「別になんにも‥‥。なんで?」
「あ。うん。なんかあいつ、瑠衣ちゃんのこと好きみたい」
「えっ?」
一瞬固まった瑠衣は興味津々で自分を見つめてくる亜由美とメイに向かってばたばたと手を振った。
「だめだよ。そんなこと言われても、困るよ」
「あー、好きな人、もういるんだ」
「そ、そんなんじゃなくて、今そういうこと考えてる余裕無いっていうか……」

「あたしは、瑠衣ちゃんは好きな人いると思ってたけどな」
いたずらっぽく口を挟んだメイに瑠衣は目を丸くした。メイはくすりと笑って続ける。
「瑠衣ちゃんって男子に優しいから。ぶってるとかじゃなくて……なんかこうお母さんみたいな感じで」
瑠衣がきょとんとした顔をする。
「あたしが?」
「あ、分かる気がする。うんうん。瑠衣ってば確かに優しい」
「ちょっと、亜由美ちゃんまで何言ってんの? そんなの気のせいだよ。あたし、どっちかって言ったら、ワガママだし甘えん坊だし‥‥」
「確かにマイペースなトコはあるかも。でもわがままとは違うかな」
「瑠衣、諦めて白状しちゃえ!」
「もう二人とも〜〜。‥‥だって、まだ好き、なのか、よくわかんないんだも‥‥」

瑠衣がそういいかけた時、植え込みの向こう側から声が聞こえてきた。
「何バカなこと言ってんのよ、アキ」
叱責の響きが入ると小さな声でも妙に目立つ。少女たちは植え込みで区切られた隣の二人連れの声を初めて認識した。花期の終わったサツキ越しに背中が見えるのが派手めの服の大柄なおばさん、向かいはやや中性的だが、えらい美人。少なくとも席についた時はそう思ったのだが‥‥。

「そう言って、あんた、自分に言い訳してるの気づいてる?」
その声はどう聞いても男性のそれだった。瑠衣もメイも亜由美も世の中にそういう人がいるのは知っていても、まだ会ったことは無い。
「あたしは今のお店が好きなのよ。確かにバリーレイのショーのレベルはすごいし、憧れだけど…」
「だったら行ってみなさいよ。せっかくスカウトされたのよ」
「だってナエさん。あたしが抜けたらお店のショーは? マリだってまだ自信無いって言ってたし…。」
「あんたが居なくなれば今度はマリが伸びるわ。置かれた立場が人を強く、大きくするの。アキ、あんたはどこかで怖がってるだけ。自分よりレベルの高い人間がたくさん居るところに飛び込むことにね。行きなさい、アキ。頑張って、どうしてもだめだったら、その時は帰ってくればいいわ」

少女達は思わず黙り込み、隣の話に耳を澄ましてしまった。そのうちに"美人"が何か言い、"おばさん"が我が意を得たりと声を上げてハッピーエンドを迎え、二人が席を立って去って行った。
「び、びっくりしたぁ‥‥」
「だって、細い方の人とかむちゃきれいじゃなかった?」
「あたし、ちょっと感動したかも」
隣の二人の残していった存在感に、日頃ふざけて話題にする「男同士の恋」がたちまち陳腐なものと化す。飲み終えたドリンクの氷がからりと音をたててくずれた。

「そういや瑠衣、さっきの続きは?」
「え、あ、なんのこと?」
「もう。とぼけたってだめだよ」
「まだ好きかどうかわからないって言ってた」
「メイちゃん、そんなこと覚えて無くていい〜」
瑠衣がメイの腕をはっしと掴むと本気で揺さぶったので、亜由美が笑い出した。
「会いたいとか、一緒にいたいと思ったら、なんのかんの言って"好き"なんじゃない?」
「それはそうなんだけど‥‥」

瑠衣は小さな溜息をついた。

相手とはまがりなりにも一緒に"住んで"いるのだ。仕事で出ることはあっても「会いたい」とか考える前に帰ってくる。一緒におしゃべりしていれば楽しい。それより何より命を預け合う瞬間がある。それは決して楽しいという類のものではないが、相手と殆ど一体化しているかのような不思議な感覚がある。究極の信頼感‥‥。だがそれは他の3人とも同じだ。

彼――黄龍瑛那――と他の3人で違う事ってなんだろう。彼が一番、自分をわかってくれそうな気がする。気がするけど確認した訳じゃない。あとは‥‥?

「あーあ‥‥」
瑠衣はどさっと背もたれに上半身を預けた。ふと視界の隅に鮮やかなピンク色が入ってきた。振り返り、植え込みの中をのぞき込む。さっきインパクトのある二人が座っていた場所‥‥。
花壇の縁にローズピンクの大きな手帳が置き去りになっていた。

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