★第34話 (6/9)
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「そうね。ごめんなさい」
有望はふっと笑うと立ったままコーヒーをすすった。さっきから黙って二人のやり取りを見ていた瑠衣がそっと口を開いた。
「……あの、お姉様、一つ聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「そんなに落ち着いていられるのは、赤星さんは大丈夫って信じてるからですか?」
有望がカップをカウンターに戻した。
「……ちょっと……違うわ」
「え?」
「さっき黄龍君、赤星が居ればって言ったわよね。でも赤星だってごく普通の人間よ。何かあれば……」
瑠衣は少し面食らった。言われてみれば日頃有望が赤星をどう考えているのか、あまり聞いたことが無かった。
「私、ときどき戦場について行ける瑠衣ちゃんが羨ましくなることがあるわ。私じゃ役に立たないだろうけど、それでもね」
有望はなんとか「いたずらっぽい笑み」といえる表情を作って見せた。
「私に信じられるのは、赤星はどんな時でも赤星らしく動くだろうってことだけ。だから私もぎりぎりまでできることをしなきゃ。赤星もきっとそうして欲しいと思ってると思うから」
震え始めた声を抑えるように口元を手で覆った有望に、瑠衣はどう応えたらいいのかわからなくなって、ただこくこくと頷いて返した。理屈も理由も無く、ただ相手を思っている。その思いだけがここにあると感じた。
「ああ、もう。ちょっと、有望さんも瑠衣ちゃんも!」
黄龍がいきなり大きな声を出した。有望と瑠衣が目を丸くして黄龍を見やる。黄龍は大げさなため息をついて肩をすくめた。
「ひよった俺様が悪かったっての。そう深刻になんないでよ、頼むから」
黄龍の口元にはいつものちょっとにやけた笑みが浮かんでいた。だがその瞳は笑っていなかった。
「じゃあ無責任な黄龍瑛那の本領発揮。宣言! 3人とも大丈夫! これでいいっしょ?」
有望と瑠衣が互いに顔を見合わせた。どちらからともなく笑い出す。
「いいわ。納得よ、黄龍君」
「了解、瑛那さん!」
瑠衣が黄龍に向かって愛らしい敬礼をしたとたん、リーブレスからサルファの声が飛び出した。
「ぽいんとQ7ニ怪人出現!」
===***===
ネペンテスは日当たりの良い公園に現れた。当初より色艶も良くなったせいか、不気味な感じが余計アップしている。公園には普段よりは少なめだが、それでも多くの人が居た。ネペンテスはすぐには人に襲いかからず、ゆらゆら触手を動かして、何か物色しているかのようだった。
ワイシャツ姿の会社員が一人飲み込まれた。隣にいた同僚が悲鳴をあげて尻餅をつく。彼の持っていたドリンクの小瓶がころころと転がった。ネペンテスが地面の男性に向かって手を延ばした。ちょうどそこに、ドリンクの小瓶に躓いて転んだもう一人の人間が倒れ込んできた。
「ナ……っ」
現場に到着した黄龍はマスクの中でその名前を飲み込んだ。会社員と一緒にネペンテスのフィルムに覆われたその人は、黄龍の古くからの知り合いでナエという。"シルバー"というバーのママ。生物学的には"男"ではあるが、ある意味女性以上に女性らしい。
だが驚くかな。怪人のフィルムが2人から離れていく。それは一番最初に、ピンクを避けた時とよく似ていた。
「しっかりして下さい!」
黄龍と瑠衣がナエと会社員を助け起こす。2人ともぐったりとしていた。
「だいじょぶかよっ?」
黄龍がナエの肩をちょっと揺すぶるようにした。ナエは何度か頷いたが、そのうち訝しげな表情を浮かべた。
「……あんたたち……。オズリーブス?」
黄龍がわずかに肩を縮めた。
「あ……はい。大丈夫? 歩け、ますか?」
「ええ……。大丈夫。すごく疲れた感じがするだけだから。それより、あんた……」
「あとは警察が来るんで……。絶対に病院に行って下さい。じゃあ……」
黄龍は遮るようにそう言った。ナエがどれだけカンの良い女性か、イヤというほど知っている。彼は瑠衣に軽く合図を送り、ネペンテスの後を追い走り出した。
建物の陰を回ったところで、相手の姿を見失った。ベースに聞いても既に反応が消えている。諦めて着装を解除した。
瑠衣は黄龍がひどく考え込んでいるのに気づいた。
「瑛那さん、どうしたの?」
「さっき……。おんなじだったろ……」
「うん。怪人、ナエさんのこともキライみたいだね」
黄龍が思わず咳き込みそうになった。
「ナエ……って、瑠衣ちゃん、なんでナエちゃんのこと知ってんの!?」
「昨日、あの人の手帳を拾って届けてあげたんだ。でも瑛那さんもあの人のこと知ってるの?」
「ま、ね。古い付き合いでサ……」
黄龍はそういいながら、ひどく難しい顔になっている。無意識に腕があがって、ちょうど昨日、瑠衣を抱きかかえていた時のような形になった。
「あの時……。何か違うと思って……」
瑠衣が目を丸くして見つめる中、黄龍が軽く自分の頭をたたいた。
「そうか……。もしかして……」
「瑛那さん?」
黄龍が瑠衣を見てニッと笑った。
「試してみる価値、あるかもしんねー」
黄龍はもともと笑顔の"うまい"人だと思っている。
だが今日のそれは何か違っていた。目が離せない気がした。
これが最高の笑顔っていうのかなと、瑠衣は思った。
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