★第7話 (11/18)
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何度か夜中にイヤな夢を見た気がする。

あまりよく眠れなかったせいか、日の出直後の低い位置から射し込む光がひどく眩しい。とはいえ3年半になる探偵家業のおかげで、自室以外で寝る時は眠りが浅いのが常だった。

11月中旬のすっかり冷たくなってきた朝の空気が、こめかみや目の奥にぴりぴりと染みるようで、むしろ気持ちがよかった。時計はまだ6時半。黄龍の足はまた無目的にゆっくりと歩を進めている。結局、昨晩、リーブレスにはなんの通信も入らなかった。

土曜日のこの時間では人通りはまだほとんど無い、駅前に向かう道。前方左手の交番から二人の男がでてきた。二人とも長身の黄龍よりまだ上背がある。帽子を目深にかぶりコートの襟を立てるように早足で歩いてくる。

二人を見た瞬間から心臓の鼓動が速くなっていた。意識の全てが、筋肉の一筋一筋が、何かに収斂していく気がした。

すれ違う。ぱちんとスイッチが入った。ちらりと二人の背中を見送ると黄龍は足を速めた。

交番を覗き込むと、案の定、一人の警官が机に突っ伏し、もう一人は壁に寄りかかるように床にへたり込んでいる。椅子に座った警官の上半身をそっと起こすと、かくりと力無く椅子の背にもたれかかった。脈もあるし息もしているが、その胸には‥‥! 

黄龍の右手は既にリーブレスにコードを打ち込んでいた。この時間なら赤星はトレーニング・ルームにいるはずだった。
<黄龍!> 修練中の少し荒い息づかいで、しかしひどく嬉しそうな声が飛び出してきた。

「青葉台駅前の交番。警官二人がポッドに例の針で刺されて昏睡。俺はヤツらを追う。連絡頼む」
<おい、拳銃、預かってけ。気をつけろな!>
「了解」
黄龍は二人のホルスターからニューナンブM60を引っ張り出すと、ブルゾンの両の内ポケットにねじ込んだ。交番を飛び出してそのままさっきの二人の後を追う。

今の黄龍の中に、昨日の悩みは欠片もなかった。必要最小限の言葉のやりとりが、その思考をよりクリアなものにした。標的を前にすれば全てが自動的に意識下に押さえ込まれ、異様な集中がもたらされる。銃を構えた時、感情の揺らぎが出てしまったら勝負にならない。

あらゆる事を忘れ、ただ目的に向かうだけの存在になれる。

その感覚こそが、黄龍を射撃に惹きつけて止まない理由かもしれなかった。

===***===

「‥‥都内一帯の全ての交番に緊急連絡を! 連絡の取れないトコ、気をつけて下さい! あと、"この件"で<マドックス>にクローンを上げてもらえますか?」
黒羽、輝、瑠衣がコントロール・ルームに飛び込んだ時、シャツ姿の赤星は警察回線に怒鳴りながらキーボードを叩いていた。

<グリンダ>でもクローン・テルネット・システムを立ち上げ、西条警部から言われたパスコードを打ち込む。これで<グリンダ>と<マドックス>はそのパスコードを持つ処理に関して一体のマシンになったかのように稼働する。<マドックス>が統合する警察の情報と、電磁波の変動や空間の歪みについての<グリンダ>の解析結果が集約される。既にサルファが、気象台や衛星等で行っている電磁波走査の密度を、この地域で高めてもらうように依頼していた。

赤星が3人に状況を説明しているうちに、壁の大きなディスプレイに表示された都内の地図にチェックが増えていく。バツ印のついた交番は10カ所近くもある。その内3つから赤い矢印。不審人物の目撃情報だ。黄龍から連絡のあった地点からの矢印は2回折れ曲がって長く伸びている。3つの矢印が向かうエリアはまだ広いが、その中の5カ所が、赤い点線の丸で囲まれている。怪人が潜んでいる可能性が高いと思われる箇所だった。

「瑛ちゃん、うまく追跡できてる感じだな」黒羽がモニターを見上げて言った。
「輝と瑠衣は俺と先回りだ」例のアタッチメントは四人の装備の中に入っていた。
「オッケーっ」朝っぱらから元気いっぱいの二人が、脱兎のごとく部屋を飛び出していった。

「黒羽は黄龍と合流してくれるか?」
赤星は黒羽にそう言いながら、隅のロッカーから防弾防刃服を取り出して着込んだ。
「不謹慎だな、旦那。妙に嬉しそうじゃないか?」頷いた黒羽がにやりと笑った。
「わり‥‥」悪さを見つかった子供のように、赤星が黒いチョッキの中に顎を埋める。
「瑛ちゃんか?」
「ああ!」
赤星は、会心の笑みで黒羽を見やると、赤いジャンパーを掴んだ。

===***===

目指す二人の背中を見つけた。その動きの中には何か無機質な画一化した感じがある。もちろん何度もアセロポッドを見ているから気づくことなのだが‥‥。
見失わずに済んだことで少しほっとした。あの状況で的確な判断と行動が取れた自分がいくらか誇らしい。こいつらは、たぶんあの怪人の所に行くはずだ。

怪人が出向いたら一発で騒ぎになる。だから人間に化けたポッドを使った。そして銃を持っている警官をターゲットにする‥‥。相手の守りを自分達の攻めに使うなど、考えたのは朱色のヤツか緑のヤツか。どちらにしろ見た目よりはだいぶオツムが良さそうだ。
だが、初期の段階で特警から警察署に連絡が回れば、人海戦術で交番をシラミ潰しにチェックできる。なんとか被害を最小限にできればいいが‥‥と黄龍は思った。

(警察との協力体制無しで、俺たちだけで、この国が護れるとも思ってねえ)

心の中に赤星の声が蘇った。

‥‥‥‥あんたの言う通りだよ‥‥‥‥。

そんなことは自明の理だった。"人々"、"国"、"社会"‥‥。そんな漠然としたでかいモノを、たった数人でどうこうできるワケがない。守ろうと思うならどうしなければならないか‥‥。

とっくにわかっていたはずだった。赤星の行動の意味も、そして、父の行動の意味も‥‥。

黄龍財閥というどでかい機械の中で、自分をただの歯車に貶めても全体を稼働させ続けたのが父だった。大いなる意志を持つその歯車はいつしか全体の舵になり、最も重要な中枢回路になった。
そして赤星もまた、不器用にとまどいながら、そんな歯車になろうとしている‥‥。

そう、最初からわかっていたのだ。

自分が、赤星と行動を共にする理由も意味も‥‥。

再び逃げるなど‥‥もう、いやだった。

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