★第7話 (13/18)
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黒いてかてかしたフェイクレザーに包まれた右腕が伸びてくる。黄龍の身体は自動的に動いた。フック気味に外側から入ってくる肘を左手で内側に押し込むと、バランスを崩した相手の首筋に手刀を入れる。突きに近いほどに直線の軌跡で入ったそれは、相手の勢いとの相乗でかなりの衝撃となっただろう。高校生だろうか。暴走族の少年がくたりと気を失った。
(できるだけ直線で、最短距離で入れるんだ。長いリーチはそれだけで武器になる)
銃を扱う腕力はあるものの、全体的な身体能力としては格闘家というわけにはいかない。そんな黄龍に赤星が徹底的に教えたのは返し技とカウンターのタイミングだった。カウンター狙いはダメージを受けてしまう危険性が高い。だが、射撃メインのお前が組む時はどうせヤバイ時だというのが赤星の言い分だった。幸い黄龍はランニング・ターゲット――動く標的を撃つ射撃種目――が得意なだけあって、動体視力も反射神経も良かった。そして何より恵まれた手足の長さがあった。
黄龍の意識は既に左側に集中している。左肩に手が掴みかかってきた。引かれるままに左足裏を相手の膝に落とした。そのまま左肘から上腕を回転させるように相手の胸に横拳を叩き込む。拳を支点にしたかのように黄龍の身体はもう相手に向き直っていた。ド派手な白いガクランの鳩尾にきれいな右ストレートを決めた。
(自分から手を出さなくていい。来たモノ、返すことだけ考えろ。お前ならできる)
こちらから手を出さなければ、相手はこちらの間合いに入ってきやすくなる。最初は護身術を習っているだけのようで不満げだった黄龍も、やっているうちに、向かってくる相手の力を利用することがどれほど効果的かわかってきた。それには、殴られるかもしれないという気持ちの中で、相手を見きわめ続ける集中力が必要だった。そしてそれを黄龍はありあまるほど持っていたのだ。
小柄でがっちりした体躯の警官が低い姿勢から突っ込んできた。その手がこちらの腰に完全に回る前に、黄龍の腕は相手の首をロックしていた。勢いのままにそれを右側に引き込むと、右膝蹴りを相手の下腹に放つ。そのまま右足を相手の足の間に入れると、長い足を絡ませるようにして、相手の左足を勢いよく払った。思い切り仰向けに倒れた警官は起きてこなかった。
(あとはその場で動けるかどうかだ。それは身体で覚えるしかねえ)
守りと攻めを一挙動で行う。それが反射的にできるようになるまで、赤星は自分の身体を文字通りの叩き台にして黄龍に繰り返させた。うっかりタイミングを捉え損なうと、容赦なく拳が飛んできた。それよりもっと頭にくるのは寸止めをされた時だった。
プロテクターを付けているとはいえ、赤星はいくら殴りつけても少しも応えた風ではなかった。あんたはアセロポッドより丈夫なんじゃねーのと悪態をついたら、受ける瞬間に重心を少しずらしてるだけだと、こともなげに言い、こっちも練習になると笑った。どっちにしろ憎ったらしい化け物であることに変わりはなかった。
イヤになるほどしつこいトレーナーだった。最初の頃は約束の時間に道場に行かないと、わざわざ黄龍の部屋まで来てドアを乱暴に叩いた。こと訓練になると普段とうってかわって強引だった。そして、少しのミスも見逃さないかわりに、少しの上達にも自分のことのように喜んだ。
そう‥‥本当に憎らしいほど真剣に、あの男は自分にぶつかってきたのだった‥‥。
===***===
<グリンダ>の気象的要因解析の結果と<マドックス>の地図情報から、2台のスーパーコンピューターが絞り込んだいくつかの場所。そこに黄龍ともう一つの追跡情報から、ある廃工場が浮かび上がってきた。枯れ草がぼうぼうとなっている敷地の中には、機械の類が運び出されたあとの大きな鉄骨造りの建物が空いていた。急行した赤星と輝、そして瑠衣を二人の男が待っていた。
「来たな」
もじゃもじゃの硬い髪をした男が、着古した明るい茶色の革ジャンパーのポケットから手を出した。特警の柴田丈29歳。全身から硝煙と煙草の匂いが漂ってきそうなごつい印象のある男だった。その迫力のある顔立ちも相まって実年齢より幾分上に見える。空手五段の実力を持つその身体は徹底的に鍛え抜かれていた。
特警―――警備局特命課・対スパイダル特別捜査警察隊――。
浅見警備局長管轄下にある風間警視監を本部長とする警察の対スパイダル担当隊だ。OZ本部が壊滅した時、特命課の実質的なリーダー格だった風間俊介警視長(当時)の強い進言で誕生した。もともと特命課そのものが特異な存在なのだが、特警は風間が大幅な権利委譲を受け、人選から行ったせいもあって、よけいに特殊部隊の色合いが強かった。
柴田は黒羽の先輩である西条と同様、もともと特命課に所属していて特警にスライドした刑事だ。柴田の場合、西条のようにエリートで特命課にいたというよりは、どの警察署でも持てあましていたところを風間に拾われた感が強かった。まあ‥‥現在の特警の半分ぐらいのメンツはそうなので、なんとも言えない所ではあったが‥‥。
「柴田さん! え‥‥と‥‥」
ヘルメットを取りながらにこりと柴田に目顔で会釈した赤星は、柴田の隣りの、こんな現場におよそ不釣り合いな感じの若い男を見やった。
「先日、特警に配属になりました、島正之です」
「はぁ‥‥。OZの赤星です‥‥」
ベージュのソフトスーツの胸ポケットにはチーフまで入っている。この男と並んでいると、柴田はどこぞの若社長を営利誘拐した犯人のようだ。赤星は少し目をぱちくりしながら、差し出された手をおそるおそる握った。
「おい、赤星」いきなり赤星の片襟をひっ掴んだ柴田が、数歩その身体を引っ張り寄せ、小声で耳打ちした。「てめえはバカか。マジであんなガキで務まると思ってんのか?」
その視線の先にはバイクの後部から降りた瑠衣がいる。ピンクスーツの人選の結果を特警に送ったのは一週間前だった。瑠衣は輝と共に島と挨拶を交わしている。三人ともいきなり気が合ったようだ。
「大丈夫ですよ。あのスーツを最大限に生かせるのはあの子しかいません」
この一週間、着装した瑠衣と実際に組んでみて、ピンクスーツがどれだけ瑠衣に合っているか改めて思い知った。このまま四人でやっていこうという密かな目論みが崩れた時点で、気持ちの上でどれだけ抵抗があろうが、取るべき道は一つしかなかったのだ。
「マジでそう言ってんだな?」
「はい」
赤星は柴田の目をまっすぐに見返した。この男相手にスーツの科学的性能について並べ立ててもムダなのが、そろそろ赤星にもわかってきていた。理屈じゃなく、相手の目の色を信じるタイプ。その意味では自分に似ているのかもしれなかった。
「これだから素人のお坊ちゃんはよ」
赤星の視線をぎっと受け止めた柴田は、捨て台詞のようにそう言うと手を放した。毎度のことながら苦笑してしまう。こうされてもなんとなく憎めないのが、柴田の人柄なのだろう。
怪人退治の専門家と扱われるかと思えば素人呼ばわりされる。だが、自分達が素人か玄人かということは、事態の解決に何の役にも立たない議論だった。ならば考えない方がいいのだ。ただ、できることを精一杯やる。今はそれが、赤星の、ゆらぎのない"正解"だった。
「で、状況は?」
「アセちゃん2名プラス針を刺されたヤツが5名、建物ん中に入った。うち2名は警官。だがそいつらはやられたフリしてるだけだ」
「フリ?」
「そちらからの連絡で、彼らはIIIAクラス防弾防刃服を着用していたんです。アセロポッドの目を盗んで位置を知らせてきていたんですが、建物に入る寸前に直接コンタクトがとれました。何か起こった時には他の被害者のカバーに入ってくれるはずです」
後をとった島がきびきびと説明してくれた。
「そうだったんですか。助かります。じゃ、まず、怪人のあの針をなんとかしましょう」
赤星は輝と瑠衣に向き直った。
「燃えやすいって例の特徴は針を撃つ瞬間しか現れねえ。俺が着装せずに囮になる。ヤツが針を撃った瞬間を狙って、リーブラスターのフレームモードを使うんだ」
「オトリってっ?」輝が心配げに赤星を見やった。赤星はふっと笑うと、胸元を軽く叩いた。
「こっちもちゃんと準備してきてるさ」
「おもしれぇ。オレも付き合おう」
「え?」「ち、ちょっと、柴田さんっ」驚いた赤星と慌てる島を後目に、柴田がジャンパーのファスナーを少し開けると着込んできた最新式の防弾防刃服を見せた。
「‥‥あー‥‥柴田さん‥‥。柴田さんに暴れられたら、ちょっとだけ当て身ってわけにいかないんで‥‥。くれぐれも気をつけて下さいよね?」
後頭部を掻きながら柴田を見やった赤星の頭が、がごんとこづかれた。
「それ言ったらてめえも同じだろーが。うだうだ言ってないで、行くぞ!」
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