★第7話 (14/18)
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間に合わないっと思った瞬間、黄龍は子供を抱きすくめ、アセロポッドの振り上げた手に背中を晒していた。ポッドの力でその鋭い爪が入れば、かなりの深手を負うことになったはずだった。が、その爪は横に流れ、ふわりと膨らんだ黄龍のブルゾンを少し切り裂いただけで済んだ。

子供を背後に庇って向き直る。見慣れた黒い姿が横からアセロポッドを殴りつけ、次の瞬間には子供を挟んで、黄龍の横に陣取っていた。
「待たせたな、瑛ちゃん!」
「いっつも肝心な時に遅いんだよっ 黒羽!」

四人の暴走族と一人の警官が地面に伸びている。通常の人間よりスピードもパワーも遙かに上がった連中を、子供を庇いながら、着装もせずによくもまあと、黒羽は内心で感心していた。服も髪も乱れて、息も少しあがっているものの、黄龍の顔には殴られた様子さえない。十ヶ月かそこらで驚くべき進歩だった。


三年前にふらりと佐原探偵事務所に現れたこの男。最初はそのいい加減な物言いが鼻について、佐原が何を考えてこんな男を雇ったのかと不思議だった。そのうえ黄龍財閥の御曹司とくれば、おぼっちゃんの遊びに付き合う気はねえと、黒羽でなくてもそっぽを向きたくなるところだった。

しかし、一緒に仕事をするうちに、佐原の人選の意味が見えてきた。

探偵事務所というのは、多くの場合、悩みに悩んだ末に恐る恐るやって来る人が多い。中には警察はおろか親戚にも友人にも相談できず、せっぱ詰まって‥‥というケースも多々あった。

黄龍は、すかした態度で話を聞きながら、その実、深く依頼主に感情移入するタイプだった。依頼主への強い同情と加害者への激しい憎しみが黄龍を突き動かす。並の人間なら音をあげるような張り込みを何日も続けたこともあるし、カッコつけの好きなこの男が、浮浪者に化けてまで、決定的な証拠を掴んできたこともあった。

人の行動は、所詮、その想いの深さで決まる。
非道な扱いを受けた弱者をなんとかしたいという‥‥、その想い‥‥。

もちろんいいことばかりではない。同情できない依頼主の場合はおよそ使いものにならないし、感情移入しすぎるあまり、冷静な判断力を失い、暴走してしまうこともあった。

何より一番問題なのは、黄龍が、自分の行動原理を"憎しみだけ"と勘違いしているところだった。なぜ他人に同情できるのか。"優しい"から人の気持ちが理解できるのだということを、黄龍はわかっていなかった。そこから来る自嘲的な言動と、根っこにある自負とのアンバランスが、よけいに黄龍の行動をひねくれたものにしていた。

イエロースーツの条件を聞いた時、黒羽はなんの迷いもなく黄龍を推した。赤星の手には少々余る男かもしれなかったが、黄龍の持つ根本的な優しさに赤星がほだされないはずはなかった。そして、絵に描いたようにわかりやすい赤星の"素直さと優しさ"が、黄龍にどんな影響を与えるかは、まあまあの勝率の賭けだったのだ。

案の定、赤星は黄龍が気に入った。出逢った日に、黄龍がかなわぬ相手にケンカを売って怪我をしたことがずいぶんと気になったようで、黄龍の嫌そうな顔にもめげず強引かつ徹底的に鍛えていた。とはいえ、いったん話が道場から離れると、どこか扱いあぐねた風になったりして、まあ、そこが赤星らしいといえばらしかった。

そして黄龍の側も、めずらしく赤星には一目置いた様子が見えた。黒羽との会話の中でさえ赤星の名を呼び捨てにしたことはない。黄龍がこんな態度を示すのは、もしかすると佐原と赤星ぐらいかもしれなかった。

自分の態度の意味に気づいた時、黄龍は過去の呪縛から解かれる転機を迎える。
黒羽にとって今回の事件は、その意味でまさに好機に思えた。


黄龍が無言でニューナンブを取り出した。黒羽が少年を抱き寄せて、少し後ろに押しやった。

弾は三発。ポッドは二人。

黄龍が正面に集まっている二人のポッドと一人の警官を見た。無造作に拳銃を上げた。

ポッドが警官を黄龍に向かって押しやった。警官はまっすぐに走ってくる。ポッドの姿が警官の陰になる。しかし黄龍は銃を下ろさない。

今にも警官が黄龍に掴みかかろうとした時、黄龍はいきなり身体の向きを変えた。撃鉄を起こして十時の向きに発砲する。回り込んでいたポッドが、きれいに額を打ち抜かれ消滅した。

黄龍にその手がふれる寸前に、警官は黒羽の手刀によって崩れていた。黒羽は警官を抱えて、そのまま姿勢を低くする。その後ろからくるポッドの胴体にラス前の弾がめり込んだ。

一瞬だけ動きの止まったポッドの顔は、例によってまったく表情がない。
その事実に少しだけ感謝しながら、黄龍は、最後の弾をその額に向けて放った。

無意識にシリンダーを開き、空っぽになった5つのチェンバーを見た。ふうっとひとつ溜息をつくとそのまま弾倉を戻し、それをポケットに入れた。

「お兄ちゃんっ」
黒羽に肩を抱かれるようにして、少年が丸い目で黄龍を見つめていた。黄龍は髪を掻き上げると、ふわっと笑い、すっと膝をついた。
小さな身体が弾けるように飛び込んでくる。両腕を黄龍の首にまわし思いきり抱きついてきた。長い腕が子供の背中を完全に包む。

「お兄ちゃん、ありがとね! お兄ちゃん!!」
涙と安堵の入り交じった声が、黄龍の耳元で何度も繰り返す。黄龍は目を閉じて、子供の柔らかい頬の感触を感じながら、その声を聞いていた。

ぎゅっときつく抱き締めてしまいたくなったのを我慢して、黄龍はひとこと言った。
「よかったな」

消えてしまったアセロポッドにも、ここに倒れている6人にも、何の恨みも憎しみもなかった。ただ、この子供を守れた事実だけが無性に嬉しかった。

守れて良かった。
本当に守れて良かった。

その気持ちが黄龍の全身を満たしていた。


===***===

朝っぱらの公園で警官の銃をぶっ放し続けた上に、2人の警官を含めて6人が地面にのびている。さしもの黄龍にも、疑り深い目をした警官を押しのけて現れた特警の西条警部が、救いの神に見えてしまった。

「警官の銃の誇りを守ってくれて、ありがとう」
西条は、黄龍の目をまっすぐに見上げてそう言った。そして黒羽と黄龍の顔を見比べて続けた。
「お疲れと言いたいところだが、急いでみんなのところに行ってくれ」


黒羽はなぜか赤星の車で来ていた。なんで"つなぎ"の位置がこんなに低いんだと、独り言のように文句を言いながらシフトアップしていく。緊急車両の赤いライトが屋根で回っていた。

沈黙に耐えきれなくなったように、黄龍がぼそりと言った。
「なあ、黒羽‥‥。なんでアイツは‥‥あんな生き方ができるのかな‥‥」

「単純で幸せバカだからかね」黒羽はにやりと笑うと言下にそう答えた。
「へ?」
「世の中、時々いるのさ。生まれつき、物事のいい面しか見えない、おめでたいヤツがな」
「生まれつき?」
「心の持ち様だって遺伝子の影響は大きいってことだ。そのうえアイツは、まったく無邪気に周り信じて育ってきて、ガキの時に裏切られたことがなかったからな」

「‥‥‥‥へー‥‥。なんか、ちょっと、カミサマって不公平って感じ?」
「まあな‥‥。だが‥‥旦那は十分に、その報いを受けてると思わんか?」
黄龍はその口調に思わず黒羽を見た。黒ずくめの男は、左手をシフトレバーの上に置いたまま、片手ハンドルでずっと前方を見ている。

「自分だって巻き込まれたようなもんなのに、全部、自分の責任みたいに背負い込んで‥‥何年も前から、好きなコトも大事な女も‥‥どんどん切り捨ててな‥‥‥‥」
黄龍は昨日の朝のことを思い出した。鷹山の店で、なんだかいう武具に手も触れずに包み返した赤星。あれだけお互い想い合っていながら、最後の一言が言えないままの、あの二人‥‥。

黙ってしまった黄龍をちらりと見やった黒羽が、いつもの口調でとりなすようにつけ加えた。
「まあ、身体もオツムも、筋金入りの鈍感だから心配するこたぁねえんだがな」
黄龍はくすりと笑った。
「黒羽‥‥。あんたホントに、あのヤローをアイシテんだな〜」
「おいおい、あんな可愛げのないもの、愛するヤツがどこにいるんだ?」
黒羽がちょっと目を見開いて言った。
「ただ、ちょっとばっかり珍しいお人だから、見てると面白いのは確かかもな。あとは、オレがついてないと、何をしでかすかわからないっていうのもある」

‥‥‥‥‥‥結局、あんたも心配してんじゃねーか。

重荷を重荷とも思わず馬鹿正直に突き進んでく幸せバカと、そいつの面倒見たくて羽根を休めた渡り鳥ってかい? 適材適所とは言ったもんだぜ。運命ってのはよくできてる。

じゃ、俺様がこいつらと会ったのも、運命のプレゼントってワケ?
ま、そんなに悪くねーって感じ‥‥?

黄龍が額に手をやってうつむいた。肩がくっくっと震え出す。
呆れたような黒羽の一瞥を浴びながら、その笑いが止まらなくなった。

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