★第7話 (18/18)
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右隣の赤星は半分は嬉しげな、しかしどこか所在なげな、複雑な表情で運転をしていた。
着装を解いて帰ろうとした時、いきなり黒羽が、旦那のヘンな癖がついた車には乗りたくねえな、と言い出した。そして赤星を押しのけると彼が乗ろうとしたセクターにまたがり、ちょっと嬉しそうな瑠衣を乗せ、輝を従えて走り去ってしまったのだった。あぜんと三人を見送った赤星が、頭を掻いて黄龍を見やると、どこか遠慮がちに「俺の運転でいいか?」と聞くので、笑ってしまった。
ついちらちらと少し腫れた彼の左頬を見てしまう。心の中でずっと疼いていた赤星に対する反感のようなものが、あの時全部爆発してしまった。‥‥だが‥‥それは‥‥ただの‥‥。
「赤星さん‥‥。殴ったりして、悪かったな」
黄龍の口から、ごく自然にその言葉が出た。
なぜか、今、初めて、この男の名を呼んだような気分になった。
一瞬目を丸くした赤星が意外そうに言った。
「‥‥‥‥そう素直に謝られると思ってなかったな‥‥」
「あ、ひっでーな〜。俺様、あんたが思ってるほど、ひねくれもんじゃねーぜ?」
「ハハ‥‥。‥‥そうか‥‥。そうかもな‥‥」
笑い声から妙に納得めいた調子になった赤星がふっと真顔になった。
「黄龍。ありがとな。俺の失点、すっかりお前に拾ってもらった」
今度驚くのは黄龍の番だった。そっと様子をうかがったが、赤星の横顔は真剣で、嫌味で言っている風ではなかった。だいたい"嫌味"という発想など、この男にはもともと無いのかもしれなかった。黄龍はわざと冗談めかして応えた。
「いや〜、ほら、犬も歩けば‥‥ってヤツ? ぐーぜんだよ、ぐーぜん!」
赤星は少し笑んで頷いたが、まだ何か言葉を探しているようだ。
「‥‥黄龍‥‥。その‥‥俺は‥‥どうも、黒羽のようには、なれなくてな‥‥」
そのまま困ったように黙ってしまう。赤星が時々見せる、このちょっと引いた感じすら、父親を思い出させる気がして、黄龍は苦笑した。
赤信号で止まったところで、その鼻先に、ひょいと一対の黒いグローブを差し出す。赤星が驚いて黄龍を見返した。
「これ、すっげー役に立ったぜ〜。気に入ったよー」
「そうか?」てきめんに嬉しそうな声になった。
「赤星さんよ。考えて見ろって。黒羽みたいのが二人もいたら、やってらんないっしょ?」
いきなり何を想像したのか、赤星が吹き出した。黄龍が重ねて言った。
「これからも、よろしく頼むぜ〜、リーダー?」
赤星は微笑んで、まっすぐに黄龍を見つめた。
「ああ、こっちこそな!」
車が最後のカーブを曲がる。「森の小路」の前の緩やかな坂を上ると、喫茶店の前の外階段の下で輝と瑠衣が背伸びをするように両手を振っていた。白いギターを肩に担いだ黒羽も、手すりに寄りかかってこちらを見ている。
「この寒いのに、外にいなくたってさー」黄龍が言った。
「瑠衣も輝も心配してたからな、お前のこと」
「ーったく、俺様のこと心配するより、自分の心配しろって感じ?」
車庫の前で車が止まる。赤星に促されて、黄龍がドアロックを開けた。降りようとした長身がふと止まる。
「どうした?」後退のためにシートベルトを外しながら赤星が訊ねた。
「いや‥‥」黄龍が身をひねって赤星の顔を見た。
「‥‥‥‥帰りたいトコがあって‥‥。そこに帰れるって、いいもんだな」
「ああ‥‥。待ってたヤツが帰ってくるってのも、いいもんだがな」
赤星の答えに、はにかんだような、どこか幼い笑みを返すと、黄龍は車を降りた。
いつも通りの気を持たせる態度で、髪を梳き上げる。こっちに走ってこようとした瑠衣を引き止めて輝が何か言っている。どうせ何か良からぬことに違いない。
3人に向かってゆっくり歩き出した。黒羽が帽子の鍔をくいっと上げてこちらを見やる、唇の片端にはいつものにやにや笑いが浮かんでいる。
後ろで車庫のシャッターがガラガラと締まる。早足で近寄ってくる足音がする。
背中に置かれる手、腕にとりすがってくる手、背伸びをして人の顔の前で振り回される手、敬礼もどきのキザな挨拶をしてくる手‥‥‥‥。
手の中に子供の背中の小さな丸みが蘇る。自分の力で護りたい誰かを護れたことの喜びと、それを分かち合う仲間がいることの喜びと‥‥。
弾けるように階段を駆け上がって、勢いよくドアを開け、輝いてこちらを見つめる目。
こちらの腕を掴んでひっぱるように先に立ち、振り返って見上げる、少し潤んだ瞳。
俺はここで精一杯やってみよう。自分の心の声にまっすぐに耳を傾けて‥‥。
後ろに視線を投げれば、今暫くは自由と引き換えに此処に居を定めた風の男が、友の肩に手を回して微笑む。胸のうちに火を持つ男は照れたように笑った。それは激しく燃え上がるかと思えば、時に熾火のように周囲を包む‥‥そんな赤い炎だった。
いつか、帰るべき場所に、帰れる強さを持つために‥‥。
俺も‥‥いつか‥‥。
(了)
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