★第7話 (6/18)
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コントロールルームに戻ると、黒羽と黄龍の姿が消えていた。田島が憮然たる顔で、黄龍の席に座り、彼がやっていた作業の続きをやっている。
「あれ、田島さん、二人は‥‥?」
「黄龍君が怒り狂って出ていった。で、黒羽ちゃんはそれを追っかけてった」
「なんで? 怒ることなんて何も‥‥?」
「応接ルームのモニターが上がってたんだ‥‥。一部始終、流れた‥‥」
「な‥‥‥!」

さっきのシーンを見て黄龍が怒り出したならわかる気がする。組織や権威といったキーワードは黄龍の逆鱗なのだ。それに、あの状況では、自分が一方的に屈したと思われても仕方がない。

黄龍の父は黄龍財閥本家の跡継ぎだった。彼はある女性と大恋愛の末、駆け落ち同然に結婚し、黄龍が生まれた。だが、黄龍の祖母がその二人を無理矢理別れさせたのだという。父は幼い黄龍を連れて黄龍家に戻って再婚し、実母はどこかでひっそり暮らしているらしい。黄龍は高校の時に家を飛び出し、ほとんど実家によりついていない。

黒羽にその話を聞いて、赤星は赤星なりに黄龍のことを理解しようと努力はした。努力はしたが、結果はあまり芳しいものではなかった。
幼くして母親が病死している赤星には、"母"というものについて漠としたイメージしかない。父親は厳しかったが、五歳上の兄が優しく面倒見のいい人間で、また赤星自身の脳天気な性格も手伝って、母親不在の寂しさをそう感じないままに育ってきた。祖父母が両親を別れさせるなど、自分のケースで考える限り、親父と祖父が道場でとことん取っ組み合うシーンしか思いつかない。もし、親父が何もせずに祖父母に屈したら‥‥やはり軽蔑しただろうか‥‥。それとも‥‥。
えらく上っ面な想像しかできなかった。いったいどういう感じだったんだろう‥‥。

黄龍の気持ちを、言葉では「悔しい」とか「寂しい」とか言えても、感覚として捉えることが赤星にはできなかった。そして、この男にとって最も大切なのはその"感覚"なのだった。

赤星は、黄龍と初めて会ったあの日、彼の瞳に宿った物騒な煌めきを思い出した。
研ぎたての刃を舐めて走る光にも似た蒼い炎‥‥。

まいった‥‥。俺は黄龍のこと、まだ、なんもわかってやれてねぇ‥‥。

「データの整理、お前の分もやっておこう。二人とも喫茶のモニターに映ってるよ」田島が言う。
「はあ‥‥すんません。お願いします‥‥」
「ああ、赤星?」踵を返した赤星の背中に田島が呼びかけた。
「なんすか?」ドアの直前で振り返る。

「お前、よく我慢したな‥‥。たいしたもんだ。それでいいんだよ」
田島がまっすぐに赤星の目を見つめて微笑んだ。赤星の顔にふわっと笑顔が広がる。照れたように頭を掻くと田島に目礼し、赤星はコントロール・ルームを後にした。


===***===


カウンターの上の両拳が震えている。自分の背中で、輝と下校したばかりの瑠衣が怯えて固まっているのがわかる。それでもどうしても、わき起こる怒りが抑えられない。

追いすがってきた黒羽は言った。
「お前にはあいつの思いがわからんのか?」

わからない‥‥。
いや、わかりたくもない! 

所詮、あの赤星という男も、同じなんだ‥‥。
自分可愛さに‥‥でかい権力に対しては、事なかれ主義を通すんだ。

はじめて会った時の赤星のまっすぐな瞳‥‥。一瞬、こんな目をするヤツがいるのかと驚いた。だからあえて、嘲笑をぶつけてやった。99%、ただの偽善者だと! 
半年以上付き合って、夢を見始めた。組織に属しながら、それでも信念のままに生きている男もいるのだと‥‥。誰に媚びることなく、自分自身の思いのために‥‥‥‥。

信じ始めていたんだ‥‥アイツを‥‥。なのに‥‥! 

警察庁の傲岸な男の言動一つ一つが、頭に耳に瞼に染みついて離れない。何度も何度も繰り返されるリフレイン。過去に見た、似たようなシーンを、一緒に引きずり出しながら‥‥。

頭が痛くなりそうだ‥‥。

あーゆーヤツは、もっともらしいことを言って、ただ他人を屈服させて悦に入る。
警官隊を守ってやって、礼を言われこそすれ、謝る必要なんてこれっぽちもねーはずだ! 
それを‥‥っ! 

ちゃっとドアの開く音がして赤星が、店内に入ってきた。

一瞬立ち止まり、ボックス席の輝と瑠衣、そしてカウンターの中の黒羽を見やったが、そのまま、まっすぐに黄龍の脇に歩み寄ってきた。黄龍は、自分の拳を見つめたまま、顔も上げない。

「黄龍‥‥あのな‥‥」
「‥‥なぜ、あのヤローに謝った‥‥」ひどく低い声で黄龍が言った。
「俺達はどっこも悪くねーだろ。あの時俺達が入らなかったら、あいつら死んでたぜ」

「それは、そうかもしれねえ。だが‥‥結果、俺たちはあの怪人を逃した‥‥。またどこかで、同じ被害が出る可能性が高い。俺の判断にミスがあったのは事実だ。言い方はどうであれ、局長の言うことにも一理‥‥」

黄龍はいきなり立ち上がると、両手で赤星の胸ぐらを掴んだ。
「そんな優等生面すんじゃねえっ!」
黄龍を引き止めようと立ち上がった輝を、先回りしていた黒羽が遮った。
口元に両手を押し当てて、瞳を大きく見開いた瑠衣の肩が震え始める。

黄龍は激情のままに赤星を揺さぶった。
「あんた、あのヤローが怖かったんだろ? 俺たちにはさもわかったようなこと言って、警察のお偉いさんにはまた別の顔かよっ! 見損なったぜ、あんたをっ」
赤星は胸元を掴まれたまま、静かに言った。
「べつに怖いわけじゃねえ。だけど、警察との協力体制無しで、俺たちだけで、この国が護れるとも思ってねえ。あの人の協力は、どうしても必要なんだ」

「だから謝れって言われりゃ謝るのか! 悪くねーのに謝るのかよ!?」
黄龍が突き放すように手を離す。赤星は襟元に軽く手をやると黄龍の顔を見つめた。
「だから、俺にも悪いトコがあったって言っただろ? いったいどう言やいいんだよ。警察と俺たち、おんなじ側なんだぞ。こんなんで剣突合ってる場合じゃねえだろ?」

「あんたを信じかけた俺がバカだったんだ‥‥」
ぼそりと言った黄龍の一言に、赤星がびくりと目を見開いた。

黄龍がぐっと右手を握りしめた。肘を曲げ、肩を少し後ろに引く。胸の高さからまっすぐに、赤星の顔めがけて拳を叩き込んだ。あまりにはっきりした手応えに、黄龍のほうが驚いた。
足を踏みしめて身体をささえた赤星の黒い瞳が、乱れた髪の中から黄龍を見た。黄龍がこれまで見たことのない、ひどく苦しげな色だった。

「そうやって‥‥よけもしねーで‥‥。やることなす事、アッタマくんだよっ」
黄龍は吐き捨てるようにそう言うと、ドアを押し開けて飛び出した。

後ろ手にドアを叩き付ける。

勢いで跳ね上がったドアベルの音が、残響のように、長く耳に残った。

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