★第7話 (9/18)
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リーブスーツの転送してきたログの中からスーツがアモクの針を跳ね返した時のデータを抽出した。その衝突のエネルギーと射出からの時間、アモクとの距離、警察病院から回ってきた被害者の傷の状況。それらをプログラムにぶち込み、針が持っていた運動エネルギーを算出していく。
赤星は握り飯をほおばり、それを包んでいたラップを丸めてトレイの上に置いた。夕食の時も上がらずにここに詰めていたら、輝と瑠衣がわざわざ持ってきてくれたのだ。大きな湯飲みからすっかり冷めてしまった茶を一口すすると、重みの計数を少し補正して、もう一度エンターキーを叩いた。大きな右手が滑るようにキーボードの上を走る。右利きなのに左手でマウスを使うのが彼のクセだった。
赤星の専攻はソフトウエア工学だった。科学理論を追求していく根性は早くに捨てていたが、アルゴリズムを考えるのは好きで、本部時代は色々な研究者達のシミュレーションを手伝って回っていた。プロジェクト後半のタイトなスケジュールの中で、その抜群の体力が重宝がられた。
人好きのする面倒見のいい性格と時に滅私を厭わない強い責任感。科学者というスペシャリストの集団の中で、数少ないジェネラリスト指向だった赤星は、必然的にスタッフ的役目をこなすことになり、若くして政府や警察との対外的な窓口担当を押しつけられることになった。そしてこんな役割は、顔が広くなるほどにその重要性が増していくのが世の常だった。何事に対しても一途なその姿には、周囲をも動かす"何か"があって‥‥。野心と縁のない当の赤星がどれほど戸惑おうとも、彼が今の立場に布置されたのはもはや運命のようなものだった。
いくつかのモデルで計算を走らせ射出初速の最大値を求める。針の形状と滞空時間から割り出した空気抵抗を因子に加え、距離と衝突時の衝撃の相関を示すグラフを描かせた。それに防護服の対衝撃シミュレーションの結果を重ねていく。
防弾防刃服にとってもこのように細い針は苦手な形状だった。先端が肉体にかすり傷をつけただけで薬の効果は現れてしまう。とはいえIIIAクラスの防弾防刃服があればなんとか防げそうだった。もちろん腕などの露出部分に刺さってしまえば同じだが‥‥。
ある程度まとまったところで、特警のメインコンピュータ<マドックス>にアクセスし、こちらに割り当てられているディスクに結果を放り込んだ。<マドックス>と、オズベースのメインコンピュータ<グリンダ>は専用の光ファイバで繋がっている。
ちょうどそこに田島と黒羽が入ってきた。二人は回収してきたアモクの針そのものを調べていたところだった。
「ああ、田島さん、どうでした?」
「面白いことがわかったよ」
コンソールに座った田島がいくつかキーを叩くと、モニターに実験室の録画が映し出された。
「この針に含まれている例のカテコールアミン誘因成分だが、えらく燃えやすいんだ。殆ど引火でもするように燃えるぞ」
モニターの中、むき出しのコンクリートに置かれたその針に黒羽がマッチの火を近づけると、先端から一瞬でぱっと燃え上がった。
「あのアモクとかいうヤツ、腹ん中にこんな爆弾かかえてるってわけかよ? じゃ、あっさりチェリーかチャクラムで‥‥‥‥あれ?」
赤星は昼の戦闘を思い出して首を傾げた。
「だって、黄龍のストームシュート受けた時、別になんにも起こらなかったぞ?」
黒羽がサンプルの針を持ち上げた。
「その成分がある一定の密度を越えたときにその特性がでる。普段は身体全体に希薄な状態で広がってるらしい。針を撃つ時には先端に凝縮されるから発火しやすくなるってわけだな」
「じゃ、ヤツが発射する時を狙えば、すくなくともその針はなんとかできる?」
「ああ。ただ、ブラスターより火のほうが効果がありそうでな。それで‥‥」
黒羽が田島を見やる。田島がポケットから銃のサイレンサーのようなものをとり出した。
「これは葉隠博士がパリ行く前に開発してたブラスターの新しいアタッチメントでね。リーブ粒子の形態を変化させて、火焔放射器みたいにできるっていう‥‥」
「博士‥‥いつのまに、んなもんを‥‥」
「いや、有望さんがリーブ粒子を変化させてたら新しい形態見つけたらしくて‥‥。博士がおもしろがって‥‥。あ、テストはもう黒羽ちゃんにやってもらったからな」
「あの二人にはかなわねえや‥‥」赤星は苦笑すると警察回線の通話機を手にとった。
「とにかくさっきのデータの件と合わせて、特警に連絡しておこう」
===***===
清潔ではあるが、いかにもビジネスホテルらしい殺風景な部屋だった。枕元のスタンドだけをつけて、服のままベッド仰向けに転がり、傘越しのライトが描く天井の陰影を見るともなく見ている。さっきまで有線を流していたが、けっきょく切ってしまった。
今でも時々夢に見る。6歳になるまで住んでいたあの家‥‥。
平屋の小さな一軒家だったが、母の手で隅々まで掃除の行き届いたその住まいだけが、世界でたった一つ、自分の帰りたい場所だ。
小学1年の冬の事だった。いきなりもっと大きな家に引っ越すのだと言われた。まさかその引っ越しに、母がついてこないなどとは思いもよらなかった。学校も転校させられた。金持ちのガキばかりが行ってる雰囲気のまったく違う私立校だった。
何度か‥‥時には夜遅くに、黄龍の家を抜け出して母の家に行った。だが母に「家に戻りなさい」と車でむりやり送り届けられたものだった。今も母とはいつも外で会う。あの家にはいまだに入れないままだ。
70年代ラストの第二次石油危機と80年代初頭の世界不況。黄龍グループといえどもあおりを喰った。そこにグループの中心であった黄龍証券(現黄龍ファイナンシャル)の不祥事と、財閥トップであった祖父の急死が重なった。更迭された黄龍証券の社長代行として、父の黄龍道隆はその立て直しに躍起になった。当時、何度か、テレビの記者会見で頭を下げていた父の姿が目に焼き付いている。
しかし道隆は、不祥事による外圧を逆手に取って、金融系特有の旧態依然とした企業風土の改革を断行したのだった。世間から叩かれている時だからこそ、古狸達も若い社長代行の言うことを聞いた。いくら本家の長男とはいえ、30代前半の若造の言うことなど、普段だったら歯牙にもかけられないはずだった。その改革が市場の好反応を呼び、株価は順調に復活。黄龍グループはその危機を乗り切ったのだった。
その後、道隆は、母親‥‥つまり黄龍にとっては祖母にあたるサキの言うがままに黄龍の母と別れ、芙蓉財閥の本家の娘と結婚した。実際、危機打開に芙蓉銀行の資金援助が大きかったのも事実だった。4年前、金融自由化の波にのって、黄龍系金融機関と芙蓉系金融機関はいち早く協力体制を表明し、これまた手本と言われるような合併劇を演じたのだが、その親密さはその時代から続いていたのだった。
一見した父は、とても穏やかな人間だった。口調を荒げることはなく、決して強面な態度にでない。子供の自分から見ても、物足りない印象すらあるほどだった。なのに彼は、いつの間にか他人を味方につけ、物事を自分の信ずる方向に進めていった。企業人としては驚異的な手腕だった。その凄まじさが少しわかってきたのは、自分が二十歳を超えてからだった‥‥。
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