★第8話 (7/16)
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日曜日になると、瑠衣の朝はちょっとだけ幸せな気分になる。
赤星達が用意してくれた部屋は、ここから出なくても生活できるくらい、何もかもがそろっている部屋だった。
自分の部屋でごはんを作って食べる事もあったけど、それは少ない方で、いつも誰かと食事が出来ている。
日曜日は居間かわりになっている森の小路に、フレンチトーストの香りが充満する日だから、とっても幸せな気分になる。
ミルクとバターとたまごと、お砂糖が焦げるにおい。
食べ物の香りにつられて歩くって、きっととっても幸せなことなんだよね。
自分の食欲を可愛らしい言葉で否定しながら、瑠衣は大好きな人達が集まっている場所へ歩いていった。

大好きな人達・・・今日はその中に黄龍はいない。

どこいっちゃったんだろ・・・?
いっつもいっつも出てっちゃって。
あんまり心配してなくても、・・・けどやっぱり心配なんだよ。
みんなも、あたしも・・・。

有望が作ってくれるフレンチトーストのちょっと焦げた香り、メイプルシロップに生クリーム、濃いコーヒーと紅茶のにおい。フルーツの皮をむく音。黒羽と有望のおしゃべりが聞こえてくる。
いつも通りの日曜日だった。赤星はトレーニングルームで汗をかいているのだろう。本当ならこのあとに輝が来て、赤星が来て、最後に眠そうな顔をした黄龍が出てくる。
「おはようございます!お姉さま、黒羽さん・・・あれ?」
「おはよ、瑠衣ちゃんっ!今日はオレの方が早いね!」
「え、輝さん!」
自分よりも早く来ていた輝は黒羽の隣に陣取って、生クリームとフルーツをたっぷり乗せたフレンチトーストにとても幸せそうな顔をしていた。
「今日は早いのね。びっくりしちゃった。」
「えへ・・・今日は特別なの。」

そう言うと彼は格段に丁寧に紅茶を入れて、ティーコゼをかぶせたポットとカップを瑠衣の前にそうっと置いて、ニッコリ笑っている。
そして、自分の目の前にあるフレンチトーストを口の中に乱暴に放り込んだ。きれいに切ったリンゴとオレンジも一緒に放り込む。
「おいおい坊や・・・。なんて食べ方してんだ?口にクリームついてるぞ。」
「この生クリーム、おいしい〜・・・。牛乳がそのままふわふわになったみたいだっ!」
苦笑している黒羽達を後目に指で唇に付いたクリームをなめ取って、彼の手をすっと取る。
笑顔は消えて、まっすぐな瞳で彼の顔を見て、有望の顔をみて、最後に瑠衣の顔を見た。
「黒羽さん・・・・・・オレエイナんとこ行って来るから。」
「おう・・・。」
「2人で色んな事話してくるからっ。ちゃんと、連れて帰ってくるから・・・心配しないでっ!」
輝は瑠衣の方をちらりと見て、ニッコリ笑った。

「行って来い、坊やも瑛ちゃんも・・・待っているから、な。」
握られた手をふりほどいて、輝の手のひらに拳を軽くぶつけた。
彼はそのままぶつけられた手のひらを、黒羽の手のひらにばしりと返した。
「オッケイっ!」
いつも通りドアベルの音がやかましく鳴ってから、マウンテンバイクのロックが外される音がして、彼はそのまますっ飛んでいった。

「輝さん、瑛那さん・・・。」
「大丈夫。」
黒羽が瑠衣の肩にポン、と手を置いて唇が微笑んだ。
目もとはどうなっているかわからなかったけど。
「坊やにまかせときな。」





なんか、いっぱい色んな事話したいっ!
マウンテンバイクを力一杯こぎながら、輝はそんなことを考えていた。
風を切ってちょっと冷たい朝の空気のはずなのに、体はとっても熱い。その割に汗はかかない。
のども乾かない。
どきどきしてるんだ・・・・・・。
高校時代の陸上競技の直前みたい。ちょっと緊張して、けど楽しくて・・・。
黄龍の事をいっぱい聞きたい。彼はどんな事が好きなのか、どんなひとが好きなのか、何を考えているのか・・・。
探偵事務所ってどんなお仕事しているのかな?やっぱりマンガみたいに、殺人事件の捜査の手伝いとか?黒羽さんはどんな感じなのかな?森の小路にいるときと、ちょっとは違うのかな?

そして、一緒に考えてほしい・・・有望主任の言ってた言葉の意味。
「優しいだけじゃダメ」って理由・・・。

くだらないことでも、なんでもいい。真剣なことでも、なんでもいい。たとえそれが偽りでもかまわない。

昨日、彼の携帯に出てきた声は黄龍ではなかった。
ちょっと太めの声で、女性みたくおしゃべりする。有望とは違う種類の「優しい」声だった。
(わかったわ。かならず黄龍ちゃんに伝えてあげる・・・約束するわ。だから、キミはもう寝なさいな。遅いでしょ・・・?)
初めて声を聞いた自分を気遣ってくれる、そんなひとの側に黄龍がいたと言うことだけでちょっと安心した。
そのひとのことも聞きたいな。

とにかく、エイナの声が聞きたいよっ・・・!


待ち合わせの公園がすぐ近くに見えた。やけに早く着いたような気がする。
いや、感じる時間の長さが違うのか?
いつも彼が自慢げにフリスビーの腕を披露してみせる広場が、目の前にだんだんとあらわれてきた。
きっと・・・あそこに来るはずだ。
フリスビーをして一息つく時に、必ず座る場所。
そこに、どうか、来て欲しい・・・。


「エイナっ!」
輝はマウンテンバイクから飛ぶように降りて、誰もいない砂場にどんと置いた。
今、自分が一番姿をみたいひとは、いつもの場所に腰を下ろしていた。
少し肩幅が広くって背の高い後ろ姿。顔が小さく長身の体型はどこにいても何をしていても目立つ。
公園のベンチに座っているだけでも絵になる男を、輝は意を決して後ろから肩を叩いた。
「え、エイナ。」
「・・・・・・」
黄龍は振り向かない。長い髪がそよぎ、輝の顔にばさりとかかる。
「エイナ・・・オレ、その・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうしよう・・・怒ってる。
心臓を綿でくるまれているみたい。
要するに胸悪い。押さえつけられて、苦しい感じがする。
考えているうちにどんどんと、悪い方向ばかりに考えてしまう。
「ねえエイナ・・・あれ?」
振り返った黄龍は、黄龍ではなかった。そっくりだったのは後ろ姿だけだった。

長い髪の毛にかかってよく見えないが、薄水色の瞳。
黄龍よりもいくばくか華奢な作りの顔と手足。染めたのと違って違和感がない茶色の髪の毛。
男なのか女なのか、いまいち判別がつかないが外国の人間だ。
人違いのうえに外国人だから言葉がわからず、返事ができなかったのかもしれない。いきなり話しかけてきて、変な日本人とでも思われたらイメージが悪くなる。
「ご、ごめんなさい!友達と間違っちゃって・・・。」
「・・・・・・」
青い瞳の外国人は答えない。唇をきゅっと結んだまま、輝の動向を見つめている。
まるでガラス玉みたいな目で、彼を映していた。
「あ、日本語・・・わからないのかな?」
「・・・・・・」

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