★ノアの切り札 (8/12) (Act.4 ノアの切り札)
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) <8> (9) (10) (11) (12)

シンゴとヒカルのルームのシグナルが鳴りモニターが明るくなった。シンゴがカメラの前に移動してスイッチを入れる。周回軌道に入ったシャトルの中は落ち着いたものだ。地表の6割の重力場が形成されており、老人にとってはむしろ動きやすいくらいだった。

モニターに映ったのはシャトルの副船長だった。
<プロフェッサー・カミジョウ。オメガ層の計測データがほぼ揃いました>
「ああ、ありがとう、ダイゴさん。すぐ上がります」
「お祖父ちゃん。僕も行きたい」
ぱっと近寄ってきたヒカルがそう言う。
「ヒカル。作戦の邪魔になる。ここに居‥‥」

モニターの中の男が笑った。
<かまいませんよ、プロフェッサー。どうぞお孫さんもお連れ下さい>
「やった。ありがとうございます、副船長」
ヒカルはロッカーを開けると、花の種と手紙の入った封筒を取り出し、祖父の後を追った。


コントロールルームに入ると巨大なスクリーンに地球が映し出されていた。ヒカルは思わず立ち止まり、それを見上げた。薄いグレーのオメガ層に取り巻かれた地球はまるで巨大な繭玉だ。ヒカルから見て左手側が太陽の光をきらきらと反射していた。
何も考えなければ美しい、と言える。だが、漆黒の宇宙にただ撒き散らされているその煌めきは、本来地表に届き、生命を育むはずだった貴重な光だ。

「来たね。ラッキー・ボーイ」
「あ‥‥副船長‥‥」
急に肩を叩かれたヒカルはびっくりして声の主を見つめた。副船長のダイゴ。火星生まれだ。TPC極東支部の中でも実力、知名度共に抜群なのだが、実際に会ってみると優しく穏やかな印象に驚く。

「ヒカル・カミジョウ君。素敵なパートナーに巡り会った君の幸運を、我々にも分けて欲しいな」
憧れのTPCのエースにそうからかわれて、ヒカルは真っ赤になる。話題を変えようと脇を見たが、祖父は既にスタッフの輪の中に呑まれていた。

「今、ヒットポイントを何処にするか、最終的な微調整に入っているんだよ」
「できるだけ層の厚い所で、うまく燃え広がる所に、ですね?」
「ああ。けっこう厚みが変化しているんだよ。ほら、中央アジアのあのあたりなんて、最初の避難地帯だったのに、今はけっこう薄くなってる」
「‥‥よく、わかんないや‥‥」
「ま、見た目はね」

ダイゴがスクリーンの中の地球を見上げて呟いた。
「あの星を‥‥僕が子供の頃に見たあの青い宝石に戻すんだ。そのためにはどんな小さな幸運も祈りも、かき集めたい気分だよ」

ダイゴの言葉に、ヒカルは胸の前で白い封筒を握り締めた。
(僕たちを見ていて‥‥、タチバナさん‥‥) 


===***===

「そんなことになってたのか‥‥」
この40年の状況を初めてきちんと認識した剣崎一真は、流石に沈んだ声になっていた。
「そのアルファって、あとどのくらいで始まるんだ?」
「たぶん、あと数時間のうちだと思う」
「厚い雲を焼いて消滅させる‥‥。放射能か‥‥」
「‥‥‥‥それでも、俺達は死ぬことがない‥‥」
相川始が小さく呟いた。

エアカーの中にしばしの静寂が満ちた。剣崎は膝の上の自分の掌をじっと見ている。始はエアカーのキャノピー越しに常に曇ったままの空を見上げていた。
「‥‥なあ、剣崎‥‥」
「ん?」
「お前は、これから、どうしたい」
「どういう意味だ?」

始が剣崎の方に向き直った。
「俺達はただ生き続ける。何も変わらず、何を生み出すこともなく、一人きりで‥‥」
「‥‥そうだな‥‥。それに、こんなことが無かったら、お前とは会えなかった‥‥。もし、あの石が現れたら‥‥、何かのきっかけがあったら‥‥オレの身体は‥‥」

「剣崎。俺は思っていたことがある」
「なんだ?」
始は言葉を確かめるようにゆっくりと話し出した。
「生きる物は、確かに他者を押しのけて、自分が生き残ろうとする。だけど、だからって相手を消滅させることを望んじゃあいない。だいたい自分の種族以外すべて滅びたら、喰うものが無くなる。たとえ闘っても、身を保ち、身を守る以上は闘わない。中途半端な闘いが適度な共存を生んで、結局、それが己を生かすことになってる‥‥」
剣崎はこっくりと頷く。内容は学者たちが昔から言っているのと同じだが、生まれた時からアンデッドであり、ジョーカーであったこの友が語るとなれば重みが違った。

始が自分のカードに視線を落とした。
「こいつが願ったから、こうなっただけなのかもしれない。でも俺は、自分の目で見て、感じて、これが生きる物の有り様なのだとわかった気がする。そしてそれぞれの個体は必ず死ぬ。形質は変化しながら受け継がれ、そうやって環境の変化に合わせていく。種とはそういうものだ。生命の鋳型など意味がない。バトルファイトもだ」
「始‥‥お前‥‥」

「剣崎。お前があの時、バトルファイトを継続させていなかったら、今頃再びバトルファイトが始まっていた」
「えっ!?」
「地球から勝ち残ったはずの種族が居なくなるんだ。次の勝利者を決めなければならない」
「‥‥そうだったのか‥‥」
「炎と放射能に包まれて、他の生物が居ない中でのバトルファイト。ある意味、今度こそ純粋で‥‥正しいバトルファイトになる‥‥。だが‥‥」

始は剣崎をまっすぐに見つめた。
「地球を人間の世界にしておきたいとか、そういうことじゃない。俺はバトルファイトの存在そのものを壊したい。統制者の意志も力もいらない。それによって、俺達が、全てのアンデッドが、消滅してしまうとしても‥‥」

剣崎が笑った。すっきりと優しい、昔のままの笑顔だった。
「いいよ、始。お前にとことん付き合うよ。オレだってあの石をなんとかできないかって、ずっと思ってた。でも‥‥具体的にどうしたらいいんだろう?」

「あれはアンデッドの封印と解放を行うシステムだ。敗北を認めて腹のキーが開いてしまったアンデッドはあの石に飲み込まれ、カードに封じ込められて吐き出される。だから封印の石に封印されるその時がチャンスだ‥‥」

始は後部から小さなケースを取り出して開けた。アンデッド達が眠る51枚のラウズカード。始はそこに自分の持っている1枚を重ねた。

「ここに眠るアンデッドたちが‥‥、このカード全部が、俺達の切り札だ」


===***===

封印の石と呼ばれている"システム"は待機状態から覚醒した。残っていたアンデッドが2体、同じ場所にいる。しばらく滞っていたようだが、やっと決着が付きそうだ。

現場に飛ぶと、カテゴリー2の姿を借りたジョーカーと、カテゴリーは謎だが似た形のアンデッドと融合しているもう1体のジョーカーが対峙していた。もともと1体だったものが2体に分裂してしまったようだが、ジョーカーは特異な現象だ。その振る舞いには揺らぎがある。
それぞれがカードをラウズした。スペード・クラスのカテゴリーAとハート・クラスのカテゴリーA。マンティスはオリジナルのままだが、ビートルの形状は異なっている。融合部位を変化させているようだ。

醒剣と醒弓が火花を散らした。2体の動きがどんどん速く、力強くなっていく。融合の段階で欠落したテロメア配列が急速に修復を始めた。融合係数が過激なほどに上昇していく。戦意が高くなければこうはならない。

そのうち少し距離を取った2体が2枚目のカードをラウズした。と、それぞれのジョーカーの周囲を金色に輝く13枚のカードが囲んだ。それが全て、中心のジョーカーに吸収されていく。片方のジョーカーはスペード・クラスの全てのアンデッド、もう片方のジョーカーがハート・クラスの全てのアンデッドと融合した。"システム"の過去のデータには無かったケース。だが理論上、ジョーカーの融合可能個体数に限界は無い。2体のジョーカーが発するエネルギー波が強大になっていく。

"システム"はただ最後の瞬間を待っていた。



300年ぶりに向き合ったブレイド・キングフォームとワイルド・カリスは、今はただ全てを忘れ、闘争に身を投じようとしていた。

最強のアンデッドとして皆に一目置かれていたカリス。
かたや感情の起伏によって驚くべきパワーを発揮してきたブレイド。

初めて拳を交えたときから血を騒がせる何かがあった。互いに呼び合って止まない闘いのリズム。今はただその韻律に身を委ね、内に宿る全てのアンデッドと真に一体化していく。

かつて仮面ライダーと呼ばれた者達の、最後の闘いが、今、始まる。
己を生み出した因果律を打ち壊し、生命たちの真の解放をめざして‥‥。


(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) <8> (9) (10) (11) (12)
(一覧表へ)
(TOPへ)