★ノアの切り札 (10/12)(Act.5 哀しみの終わる場所)
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「完全に静止軌道に乗った。主砲。東経140度。北緯35度に合わせ」
ベータ号の挙動に関しての実質的な責任者であるダイゴ副長の後ろ姿には、その声以上に凛とした厳格さが漂っていた。ヒカルは与えられたシートに座り、つい先程まで自分をからかっていた優しいおじさんの本当の姿を、息をするのも忘れたかのようにじっと見つめている。
「アルファ号スタンバイOK」
「ガンマ号、少し遅れています。所定軌道にあと3分」
他の2機のシャトルからの状況がきめ細かく入ってくる。
「圧縮光子爆弾はアルファ号の2秒後に射出の予定。到達誤差が3秒以内に納まれば理想的です」
シンゴの補佐をしているオペレータの声はよく通った。
コントロールルームの空気は、まるで重力場に細工でもしてあるかのように張りつめている。このシャトルの主砲が狙うのは日本の関東地方上空の特にオメガ層が厚い地域だ。そこから炎が燃え広がり、オメガ層を焼き尽くし、そして地表には放射能が‥‥。
その瞬間を目前に控えて、ヒカルの全身がぞっと粟だった。自分の周囲が火で囲まれたような恐怖感が少年の身体を硬直させた。
(タチバナさん‥‥‥。どこに‥‥)
どこにいても同じだ。地球に残っている限り。
この手紙が何かの冗談で、ハジメ・タチバナがこっそりとこの船に乗っていてくれたなら‥‥。
だがシャトルの中の生命反応数はきちんと把握されている。そんな奇跡は有るはずがなかった。
===***===
中央アジアの白い平原で二つの生物はひたすらに戦い続けている。ブレイドが打ち振る刃はとてつもなく速く、ただ金色の帯が舞うかのようだ。それを避けていくカリスもまたあまりに素早くしなやかで、まるで氷原から金と黒のオーロラが立ち上っているように見えた。
ブレイドが双手にもった醒剣と醒銃をすっと重ねた。ふたつの獲物が完全に融合し、重さだけでも大きな破壊力を持つ醒銃剣に変形した。ブレイドがそれをぶんと振り下ろす。間一髪で交わしたカリスが少しぐらついた。醒銃剣がすかさずエネルギー弾を吐いた。
カリスは身体の全面で醒杖と醒弓を交差させるようにして火球を受け止めた。大きく後退したが崩れることはない。醒杖は短く変形し、先端の3枚の刃が大きく広がって主を守りきっていた。
カリスが両足を踏みしめて身を起こした時、醒銃剣を右手にひっさげたブレイドか、左手をゆっくりとカリスに向かって上げた。その手には何枚ものラウズカードがきれいに広げられている。スペードとダイヤの、最強の10枚。
カリスの脚部からも金色のツバメのようにカードが舞い広がった。ハートとクラブの全てのカード。それが1枚に集約して醒杖に吸収される。レンゲルラウザーは再度形を変え、緑銀に輝く矢となった。カリスがそれを醒弓につがえ、鮮やかに引き絞る。
ブレイドの持つカードもまた醒銃剣に吸い込まれていく。その大剣を八相に構え、相手に突進した。幾重にも生じたエネルギー・ベールを取り込みつつ、大剣が金色に燃え上がる。最後のベールを絡め取り、醒銃剣を振り抜くと、射出された金の波動がカリスに向かって走った。
だがカリスの銀の矢も既に放たれていた。いったん三方に別れた矢は、襲い来るエネルギーを迂回して集結し、相手の胸部の1点に同時に吸い込まれた。
ブレイドががくんと仰け反った。その厚い胸に醒杖が深くめり込んでいる。それを掴んで引き抜くと、数歩よろめき進んだ。炸裂したエネルギーを総身で受け止めたカリスが身を起こした時、その眼前でブレイドが崩れるようにうずくまった。
カリスが駆け寄る。仰向けたブレイドの腹部で緑のラウザーがかちゃりと開いた。
<オレの、負けだ……。いや、勝ちかな……>
カリス、相川始の頭の中に、微笑みを含んだ剣崎一真の声が響いた。
<‥‥剣崎‥‥!>
ブレイドの脇に膝をつき、そのマスクを覗き込む。と、ぶわんと気圧が増したような感じがした。肩越しに見上げると封印の石が浮かんでいる。それがゆっくりと歪みを戻し、まっすぐな平板になった。
カリスの全身が僅かにおののく。アンデッドとしての本能的な怯えだ。その腕に温かい掌がそっと触れた。
<始。オレたちは今まで、ずっと一緒だった。でも、これでさよならだ。お前に会えて良かった>
強い決意と優しさに満ちたその思念。一抹の怯えも後悔も感じられない。
かつてたった一人でジョーカーとして生きる道を選んだ剣崎一真の強靱な精神力は、長い時を経てもなんら変わっていなかった。
カリスの手がブレイドの手を握り返した。
<ありがとう、剣崎‥‥。だが‥‥>
封印の石が光った。ブレイドがふわりと浮かぶ。もがく友を追うように立ち上がったカリスが呟いた。
<もう二度と、お前だけを、苦しませない>
黒く輝く板の表面に奇妙な模様が浮かび上がる。アンデッドを生きながらに閉じ込めるラウズカード。それをちらりと見上げたカリスが、大きく息を吐き、頭を垂れた。漆黒の身体が電気が流れたかのように数度引き攣れた。
次の瞬間、あり得ないことが起こった。26体のアンデッドを全て活性化させているジョーカーのラウザーが割れた。バトルファイトの勝利者であるアンデッドが敗北の証を示す‥‥‥‥‥‥?
"システム"は混乱した。戦わずしてアンデッドが敗北するなど前代未聞。300年前にあるカテゴリー2が同種の行為をしたことは、"システム"には記録されていなかった。
判断ができない。こんなことは起こるはずがない!
だが一度始まった封印の儀式はそのまま進んでいる。敗者は封印される。それがルールだ。"二体"の敗者が封印の石に取り込まれて行く‥‥!
身体の中に溶け込んでいるアンデッドたちを引き剥がそうとする力と懸命に戦っていた剣崎一真の意識は、相川始の気配を感じた。
〈始‥‥!?〉
〈俺にもできた。大切な者のために‥‥。やっと‥‥!〉
〈‥‥お前‥‥?〉
〈融合を解くな。俺達の全てのパワーをあの中に送り込む!〉
〈わかってる!〉
二体のジョーカーの魂の咆哮が、強烈な光となった‥‥。
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