★ノアの切り札 (12/12) (Act.6 永久の眠り)
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アンデッド達が少しざわつく。雄叫びとも悲鳴ともつかない嬌声が上がった。
<あーあ、腹が立つじゃない! 最高のバトルファイトの舞台がさぁ!>
スペードのカテゴリークイーンはいつもの八つ当たりのように三日月型の獲物を振り回しながら、いきなり跳ね飛んだ。
カプリコーンアンデッドの跳んだ先にはカテゴリー2がいた。自身と似た形のアンデッドを一人抱きかかえて座り込んでいる。抱えられたアンデッドは眠っているのか死んでいるのか、目を閉じたまま動かない。
三日月型の凶暴なエッジがカテゴリー2の頭部を横殴りしようとした時、それを食い止めたのはオリジナル・ジョーカーの刃だった。
<止めろ>
<こいつが勝ち逃げってのが、アタマくんだよ! 1万年もの間、好き勝手やってさぁ!>
<違う。この前の勝利で、こいつはアンデッドの中で初めて、多くの種の共存を願ったんだ。だから1万年ももった。その前は最も長くて2千年だったのに‥‥>
<くだらんな>
ダイヤのカテゴリージャックが座ったまま吐き捨てるように言う。ブルーの金属光沢を持つ飾り羽が美しい。
<ジョーカーのお前に勝利の意味はわからん。私が勝ち残ればそれで済んだ。だいたいバトルファイト無しで、どうやって次の世界が決められる? お前は愚か者だ>
<貴様自身は確かにアタマがいい。だが貴様の種族の個体全てが同じになれるか? 多様性を持たせれば思うとおりにならん。だが同じにすれば結局滅びる。判っているはずだ>
<だから壊しちゃったってわけ?>
面白そうに言ったのはスペードのカテゴリーキング。苦しそうな息づかいで、それでもククク‥‥と笑い声を立てた。
<すごいよ、ジョーカー。流石のボクも思いつかなかったよ。いいんじゃない?>
<バカで愚かな選択‥‥。でもそう悪くないかもしれないわ‥‥>
ハートのカテゴリークイーン、オーキッドの自慢の右腕はしおれて哀れなほどだ。だが頭部の花飾りはまだ美しい色合いを保っている。そのあでやかな紫に、ごつい3本指がひどく優しく触れた。
<ま、これで俺も、ゆっくり寝られるってわけだ>
クラブのカテゴリージャック、エレファントアンデッドの思念が、染みいるような低い波動と共に、全てのアンデッドの腹底にずんと沈み込んでいった。
と、両腕の鋏上の得物をがちゃりと言わせて、黄金色の巨体が立ち上がった。
<俺は行かせてもらうぞ>
ダイヤのカテゴリーキング、ギラファアンデッドは、そこにいる全員の無言の疑問符に、いつも通りの人を食ったような声音で返した。
<まともな場所で死にたいからな。それともお前達、ここで仲良しこよしで死ぬつもりか?>
それだけ言い残すと、ギラファはアンデッド達に背を向けて歩き出す。ざわめいていた他のアンデッドも、一体、また一体と、四方八方、氷原の彼方をめざして散り始めた。
ハートのカテゴリー2がもう1人のアンデッドを抱えて立ち上がった。二体のジョーカーが、かつての己の姿に別れを惜しむように、そこに近寄る。
<今まで、ありがとう>
オリジナル・ジョーカーがカテゴリー2を見つめて言った。
<いや、礼を言うのはわたしの方かもしれない>
そう答えたカテゴリー2はもう1体のジョーカーに視線を移した。
<あなたに、とても感謝しています>
<いえ‥‥。オレは‥‥>
クリエイティッド・ジョーカーは言いよどみ、カテゴリー2の腕の中の存在に視線を落とす。剣崎一真の姿をかたどったヒューマン・アンデッド‥‥。
<わたしが連れて行きます。いいですか?>
<‥‥はい。お願いします‥‥>
血の気の無い白い顔で、それでも限りない優しさに満ちて、にっこりと微笑んだカテゴリー2は、ゆっくりと踵を返して去っていく。それを見送る二体のジョーカーの背後に、最後に残ったクラブのカテゴリーキングとクイーンが歩み寄った。
<剣崎くん。相川始くん、私達も行くよ>
<嶋さん‥‥。ありがとうございました>
<いや、剣崎くん。よく頑張ってくれたね。相川くんも‥‥。これでよかったんだよ>
<待て‥‥>
行こうとする二人をオリジナル・ジョーカーが呼び止めた。
<睦月が、ずっとあんたたちのことを言ってた。死ぬ直前にも‥‥。いつか会えることあったら、とても感謝していると、伝えてほしいと‥‥>
カテゴリークイーンがくすりと笑い、小首をかしげて訊ね返した。
<坊やは‥‥強い男になったか?>
<ああ‥‥。とても‥‥>
<そうか。ならばよかった>
もはやかなり弱々しい足取りで、だが傲然と顔を上げて、クイーンは歩き出した。何かあったらクイーンを支えられるように少し遅れてキングもまた‥‥。ジョーカー達が軽く頭部を下げ、長い触角とチェーン器がゆらりとゆれた。
二体のジョーカーは黒い平板の下に戻った。
石は既に端から砕け始めている。彼らはそこに寄りかかるように座った。
<なんだか、眠いな‥‥>
<ああ‥‥>
二体が、どちらからともなく、手を伸ばした。
<もう起きてられないや‥‥。始、お休み‥‥>
<‥‥ああ。ゆっくり眠れ、剣崎‥‥‥‥>
ベータ号のコックピットが歓声で埋め尽くされた時、ヒカルはただ炎に包まれた地球を見ていた。見開いたままの丸い黒い瞳から、ぽろぽろと涙を流して‥‥。
ふと気付いて、握りしめてシワの寄ってしまった封筒を伸ばし、なかから花の種のはいった袋をとりだした。それを胸に押し当てて呟く。
「タチバナさん‥‥ハジメさん。さようなら‥‥。この花は僕がきれいに咲かせて見せるから‥‥」
オメガ層を燃やし尽くしながら走る炎が白い氷原を淡く染める。朽ち始めた異形達の身体をも讃えるように照らして‥‥。もろもろと崩れていく彼らの細胞は、新たな命の始まりになり、また新たな命の糧になってゆく‥‥。
氷の中に突き立った黒い石はもう半分ほどに崩壊していた。
そこに寄りかかった二体の異形もまた脚部からさらさらと黒い砂に変化していた。
どの種にもなり得ないアンデッドとして生まれ、他の生命を愛するに至ったオールマイティと、
ただの人間でありながら、それを導き、支え続けた者‥‥
しっかりと握り合わされた手が、互いへの友愛を示す。
光を失った複眼に、炎で覆われた高い空から降り注ぐ灯りが映り込む。
朝日を思わせるその光は、異形達の表情を満ち足りたものに見せた。
永久の眠りで見る夢は、ただひとつ。
沢山の命達の宿る緑の星‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(了)
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