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第11話 ワンダー・シーン
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ある晴れた日の午後だった。 「ああっ、いたいた! 赤星さん! 今日はホントのお仕事の方だったんだね」 「お帰り、瑠衣。どうしたんだ、そんなに慌てて」 オズベースへの入り口は数ヶ所存在するが、それらのうち「森の小路」からの扉をくぐって入ってきた瑠衣は早々に赤星を捜し出した。研究所特有の無機質な廊下で鉢合わせる。元々本部のバックアップ目的で作られていたこの地下基地は大して広くない。人ひとり、少し捜せばすぐ見つかる。 瑠衣は学校から帰ってきてすぐさまここへ直行してきた様子だった。普段からくるくるとよく動く瞳は、今日はいっそう輝いている。 「えらくご機嫌だな・・・・・・何かいい事でもあったのか?」 「あのね、これ!」 彼女がポケットから取り出した二枚の紙切れを赤星はしげしげと眺めた。まるで未知の物体を見たような面持ちをする。 紙切れには『奇跡の愛』とあった。 「あのね!友達がくれたの。観に行けなくなったからって・・・・・・知ってるでしょ、これ!いますっごく話題の映画だもの!ね?」 瞳をきらきらさせて尋ねてくる瑠衣。赤星は思わず眉をひそめてしまった。 赤星は世事には疎い方だ。特に流行や芸能関係は全くと言っていいほどわからない。だが大人の行動として、取り敢えずは笑顔を作ってみせる。 「そうか、よかったな。今週の土日にでも行って来なさい」 瑠衣は何故かぶーっとほっぺたを膨らませた。 「違うよ、赤星さん! 行くのは瑠衣じゃないの!」 「え?」 「行くのは赤星さんだよう!!」 「は!?」 瑠衣は胸の前で両手を組み、切なげな表情をつくった。 「すっごく感動的な映画なんだって! 身分違いの恋をしてしまった男と女! 諦めかける女に男はこう言うの・・・・・・『僕は君との愛を貫いてみせるよ』・・・・・・きゃー!!素敵っ!!」 「・・・・・・」 一人で盛り上がっている瑠衣にどう対処して良いか解らず、赤星は困り果てる。 「あ、あのな、瑠衣・・・・・・」 「と、いうわけで!」 突然ばっ!とこちらに顔を向ける瑠衣。 「はい、どうぞ!ちゃんと行ってね?」 手渡される。反射的に受け取ってしまい、赤星は内心大後悔した。はっきり言って、先程の瑠衣の台詞を聞いた限りでは死ぬほど行きたくない。 「あ、ああ、瑠衣! 俺最近忙しくって、土日も手一杯なんだ! だからこれは黒羽とか、もっと他の連中に・・・・・・!な!?」 チケットを差し出し返して必死で言い訳する。真っ先に黒羽に面倒を押し付けようとする辺りは悪友の所以だろうか。しかし瑠衣はその言葉を聞いて半眼になった。 「赤星さん、瑠衣のこと子供だと思って煙に巻こうとしてるでしょ?」 「あ・・・・・・いや・・・・・・」 「瑠衣、ちゃんと調べたのっ! 赤星さんのスケジュール! 今週の土日、どっちも空いてるはずよ?葉隠博士が教えてくれたもん、間違いないよ!」 ・・・・・・博士〜!!余計なことを!! 「それから、お姉さまのスケジュールなんだけど、土曜は空いてるはずだから!ね?」 突然有望の名前を出す瑠衣。 「いや、『ね?』とか言われても・・・・・・」 どーしろと言うのだ。 「決まってるでしょ?」 瑠衣はぐいぐいとこちらに迫ってきた。身を退く赤星の眼前に人足し指を突き付ける。きっ!とこちらを睨み据え、彼女はきっぱりと言った。 「土曜日! 赤星さんはお姉さまを誘って一緒に映画を見に行ってくるのっ! わかった?」 「は!? 瑠衣ちゃん、それマジ!?」 「うん!だって受け取ったもん! ちょっと無理矢理だけど」 「へーっ」 喫茶『森の小路』のカウンター。エプロンを付けた黄龍と瑠衣、そしてつい先程スーツの実験を終えて戻ってきた輝の三人が集まり、何やら話し込んでいた。それを横目で見ている黒羽もいる。 「お前さん方・・・・・・他人の恋路にあんまりちょっかい出すんじゃないぜ」 「何言ってるの、黒羽さん!?」 見かねて突っ込んだ黒羽に、真っ先に反応したのは瑠衣だった。黒羽は呆れ顔をして応じる。 「あの二人は、はっきり言って第三者が何を言ったところで今更どうなる関係でもないぜ」 「あの二人じゃ、第三者が何か言いでもしないといつまで経っても進展なんてしないでしょ?」 「・・・・・・どっちも正論だよね」 「っつーかどーしようも無いってトコは一緒じゃん」 「瑠衣、決めたんです!」 カウンターに備え付けの椅子に座っていた瑠衣はぱっと飛び降り、仁王立ちになる。 「ずっとずっと気になってたお姉さまと赤星さんのこと、応援するって決めたんです! これは一大決心なんです! 今まで知っていながら何にも出来なかったけど、友達から映画のチケット貰って今日こそはって思ったんです!」 決意の瞳は燃えていた。心なしか、周囲の気温が上がったような気がしたのは輝の気のせいだろうか? 「お姉さまの幸せのため、そして赤星さんの幸せのため!! 瑠衣、頑張りますっ!!」 ガッツポーズで決然と天井を仰ぐ。それを見た黒羽ははや諦めたようで、それ以上は何も言わずいつも通りギターを弾き始めた。 BGMの流れだした店内で黄龍がここぞとばかりに名乗りを上げる。 「ふーん、面白そーじゃん!俺様も協力してやるよ、瑠衣ちゃん」 「瑛那さん!ホント!?」 「あの二人、見てて苛々するわけよ。くっつくんならとっととくっつけ、って言うかさ〜」 「確かに・・・・・・マスターって女の人に優しいのはいいんだけど、ちょっと鈍感なところあるよね。主任が可哀想だよ」 「お!子供フェイスのお前でもわかるか〜、テル」 「ア・キ・ラ! 泣かすぞっ!」 「ほ〜、やってみな!」 「もう!二人とも、そういうのは後でやってくださいっ! 今は赤星さんとお姉さまの話なんですから!」 「・・・・・・楽しそうね?」 『わっ!?』 がたがたがたん!という騒々しい音に、声を掛けた有望は思わず耳を塞いだ。見ると輝は椅子から転げ落ちている。瑠衣はカウンターに張り付いているし、黄龍は引きつった顔でこちらを見つめていた。有望はことんと首を傾げた。 「どうしたの? はい、差し入れ」 そう言って買い物籠をカウンターに置くと、輝の手を取る。引っ張って立ち上がらせて貰いながら、輝はこわごわ尋ねた。 「あの〜・・・・・・いつからそこに・・・・・・」 「私?」 有望はちょっと考えてから言った。 「・・・・・・瑠衣ちゃんの口上の辺りからかしら」 『黒羽さん〜!!』 一斉に非難の視線を向けてくる三名に、黒羽は意地の悪い笑みを浮かべた。 「何でオレがお前さん方に主任が来たなんてわざわざ教えてやらなきゃならないのかね?」 「あ〜、ひっどーい!」 「瑠衣ちゃん」 「お、お姉さま!これはですね、あの、その」 わたわたと訳の分からない動きをする瑠衣の頭に、有望はぽん、と手を置いた。 「ありがとう。でもいいのよ、気を遣わなくて」 「お姉さま・・・・・・」 「それに、赤星がラブストーリーの映画なんか見に行ったって、5分で熟睡するに決まってるんだから」 「・・・・・・瑠衣としてはその赤星さんの性格をなんとかしたいの」 有望は苦笑して、瑠衣の頭を撫でた。 「そうね・・・・・・でも、確かにあの人、最近ベースに籠もりきりだし・・・・・・」 決心したように顔を上げる。 「・・・・・・じゃあ、連れ出してみましょうか! いいわよね、たまの休日だもの」 「はい!」 瑠衣がぱっと笑顔になって答えた。 暗い通路に足音が響いた。 暗黒次元。異次元に存在するそれは様々な生物の棲処だった。人、動物、そして怪物―――――混沌の世界。秩序など無に等しかったその次元に国家を打ち建てたのがスパイダルであり首領Wだった。 モンスター達の中には秩序を嫌う者も多かったが、スプリガンはこの『秩序』というものは嫌いではなかった。但し、好きに動ければ、の話だ。 「今回は俺がやらせて貰いますぜ、ブラック・インパルス」 「スプリガンか……」 影は、通路を歩いて来たブラック・インパルスを待つようにそこにいた。 「やっぱり自分で行ってみねえと、わからんもんですなあ。敵、ってのは」 「遊びすぎるなよ、スプリガン。皇帝陛下は一刻も早い三次元国家の完全制圧をお望みだ」 「イエス・サー」 立ち止まりもせず通りすぎて行くブラック・インパルス。スプリガンはその背中を見送った。 「司令官ってのも楽じゃないねえ」 普段なら、彼は直属の部下に出会えば必ず立ち止まり、自ら声を掛けるのに。 「……ま、俺には関係ないがね」 短く呟き、スプリガンはその場を後にした。 そしてその、たまの休日。 「・・・・・・・・・・・・おい・・・・・・有望?」 「は、話しかけないでッ!!」 車のハンドルを握る有望の表情は全くけわしいものとなっていた。どのくらい険しいかと言えば、赤星が思わず首をすくめて「わ、悪りい!」と呟いてしまった程である。 その赤星に気付いた有望ははっとする。 「あら・・・・・・ご免なさい、私ったらつい・・・・・・」 「有望!前、前っ!!」 「え・・・・・・!?あ!!」 路面とタイヤのこすれる音。無茶なハンドル操作にタイヤは悲鳴を上げながらも健気に従った。いつの間にかスピードを落としていた前の車と迫ってきた後続車の両方から逃れるために右の道路に飛び出る。大きく息を付く有望。赤星が青い顔をして突っ込んだ。 「・・・・・・車線変更する時ってのはまずウインカー出すもんじゃなかったか・・・・・・?」 「ムチャ言わないでっ!」 「俺がいつ一体どんなムチャ言った!? 今すぐ公衆100人にアンケートとってみろ、お前の主張と俺の主張、どっちが正しいか!!」 「あの状況で、ってことよ!」 売り言葉に買い言葉。普段は温厚な有望も赤星相手の場合に限っては実はそうでもない。 「だから俺が運転するって言ったのに・・・・・・!」 「赤星に息抜きさせてあげようと思って連れ出してるんだから、赤星が運転するんじゃ意味無いでしょ!?」 「だからって慣れてもいない高速に乗るなよ! ホントに免許持ってんのかよ!?」 「持ってるわよ!六年前のやつだけど!」 「・・・・・・」 赤星が恐る恐る尋ねる。 「・・・・・・つかぬ事聞くけど・・・・・・お前、前に高速乗ったのいつだ・・・・・・?」 「・・・・・・」 「・・・・・・?」 「・・・・・・いつだったかしら」 「おいっ!?」 「とりあえず、教習では乗ったわよ!?」 「当たり前だっ!!」 「高速、って言うより、通常道路でも殆ど乗ってないわ! 私、歩いて通勤してるもの!」 「・・・・・・・・・・・・!!?」 赤星は目眩がした。 「お前なあっ!!何でそういう事を最初に言わねーんだよっ!!?」 「最初に言ったら赤星、乗らないに決まってるからよ!」 「・・・・・・・・・・・・」 ああ、神様。 無神論者の赤星も、この時ばかりは神に祈りたくなった。 「次のインターで速攻降りろっ!! 後は俺が運転するっ!!」 「嫌! 私が運転するのっ!」 「死ぬよかいいだろっ!?」 「失礼ねっ! 人が事故起こすって決めつけて!」 「今のままじゃ事故るに決まってんだろーがっ!!?」 「事故起こしたって死ぬとは限らないじゃない!!」 「100キロ超で事故ったら確実に死ぬわーっ!!!」 赤星の絶叫にも耳を貸さない。こんな時の有望は死ぬほど頑固だ。絶対に曲がらない。悟った赤星は絶望的に天を仰いだ。 親父・・・・・・兄貴・・・・・・こんな事になるんだったらもっと孝行しとくんだった・・・・・・葉隠博士、苦労ばっかかけてごめん・・・・・・黒羽、俺達はいつまでも親友だよな・・・・・・黄龍も輝も瑠衣も、もっと誉めてやりゃ良かった・・・・・・えーとそれから・・・・・・。 閑話休題。 「ゆ、有望っ!!後ろっっ!!」 速度の一定しないこの車に、またも後続車が追突しそうになる。 「え!?何ッ!?」 反射的に振り返る有望。 「っておい、前見ろ、前―っ!!」 「どっちなのよ!?」 当然ながら、今度はこちらが前の車にぶつかりそうになる。慌ててスピードを落とそうとする有望。しかし赤星に止められる。 「もーいい追いこせっ!!ここでブレーキ踏んだらさっきの二の舞だっ!!」 「・・・・・・わかったわよ!」 赤星の手取り足取りの指示で、今度は何とか無難に追い越しをする。赤星は力尽きたように肩を落とした。 「怪人と戦うより疲れる・・・・・・・・・・・・っ!?」 ようやく顔を上げた赤星の目に映ったものは、無情に通り過ぎていくインターの看板だった。 「・・・・・・ちょっと待てえっ!!?」 と言われて戻ってくるインターは存在しない。呆然と後ろを顧みている赤星に有望が尋ねた。 「次のインターまでどのくらいかしら?」 「頼む・・・・・・頼むからインターと言わずサービスエリアに入ってくれ・・・・・・!!」 ちょっとだけ涙声の赤星だった。 「お前の運転する車には、もー二度と乗らん・・・・・・!!」 「その台詞十回目!もう、武道家のくせに精神の鍛錬が足りないんじゃない?」 「誰でもいいから一度隣に乗せて走れ!! 一言一句同じ台詞が聞けるっ!!」 やっとのことで高速道路を降りたその自動車は、海の見える道の端にようやく止まった。車外へ出る有望。冬の始めの冷たい風が彼女の髪を攫った。目をぱちくりさせている赤星に微笑む。 「出てご覧なさい。よく見えるわ」 真っ直ぐに指差す。赤星もマフラーを首に巻き付け車を降りる。 「・・・・・・すっごく、悩んだの。貴方を何処に連れて行こうかって」 二人とも目一杯着込んでいるので寒くはないが、風が強い。 「よく考えたら私達、趣味も志向も全然違うのよね。映画も遊園地もガラじゃないわ」 空は灰色だった。しかし、赤星にはまったく気にならなかった。 「三日三晩考えちゃったわよ、情けないことに! で、やっと思い付いたのがここなの」 「・・・・・・」 赤星が大きく瞳を見開く。 目の前に、巨大な橋がそびえ立っていた。海を渡って向こう岸まで続いている。青を基調とした色彩。放物線を描く曲線はデザイン的にも設計的にも、非常にバランスがとれていた。物性はかじったくらいの赤星が見ても見事な設計だ。 「私、この橋凄く好きなの。綺麗でしょう?」 有望が笑ってこちらを向く。 「橋を設計するときの一番の課題ってなんだかわかる?」 「え? えーっと……いきなり聞かれても……いかに大きな重量を支えられるか、かな」 「その通り。橋自身の重量も含めて、ね」 にわかに講義がかってきた。 「橋によく使われる半円は卵の殻と同じ原理ね。外側から加えられる力には強く内側からの力には弱い……乾燥スパゲッティでミニチュアの橋を作ってどれだけの重りを支えられるかって大会があるの知ってる?」 「……お前、こーいうの好きだよなー」 「あ。ごめん、つまらない?」 「……いいや」 赤星の声は笑っていた。 「映画だの遊園地だのより、ずーっといい」 「やっぱり?実は私もそう」 有望は楽しそうに微笑む。赤星は車に寄り掛かりその様子を見つめた。口では難しい理論やら何やらを並べ立てながら、笑顔は無邪気だった。 (子供みてー) そんな感想を持つ。人のこと言えねえくせに―――彼は彼女に隠れて含み笑いした。 「……有望」 「なあに?」 その言葉は自然に口から出た。 「今日はありがとな」 「……」 有望は一瞬目を丸くして、それからはにかむようにして笑った。 「どういたしまして」 <前編> (後編) (戻る) |