第15話 ローズ・リップ
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向かい合った女の子は仏頂面でこちらを見つめている。『女の子は誰だって笑顔が一番よく似合う。』そんな当たり前の事を言っていたのは昨日の自分だったっけ。
・・・頭ではわかっているが、それとこれは別の次元の話だ。

「くすくす・・・よく似合っているわよ。」
「ほんと、きれい・・・。すごーい。」
「・・・ありがとうございます。」
輝は有望と瑠衣の言葉に目を伏せてうなずいた。
いつもこの言葉を言う時は、相手の顔を見つめて握手付きというのが彼のスタイルだったが、今回は下を向いている。
「ほらほら、下向いていたらお化粧できなくなっちゃう。」
まるで言うことをきかない子供をなだめるような口調で、有望は輝の顔を両手で包む。イヤがる間も与えずに、彼の頬をブラシで染めてゆく。
「わあ、いい香りがする・・・。ねえ、今度あたしにもして!」
「瑠衣ちゃんは何もしなくてもカワイイじゃんっ?」
「だって、やってみたいんだもん?男の輝さんがそんなにお化粧映えのする顔ってのはズルイわ。」
「アハ・・・化粧映えね・・・。」


目の前には大きな鏡。鏡に映っているのは長い栗色の髪の先にカールがかかった女の子。長いまつげは上向いて、マスカラがたっぷり付いている。ピンク色の頬と、くちびるに控え目の赤いグロスをつけて、まぶたはほんのりオレンジ色に染まっている。
輝は鏡に映る女の子の何か言いたげな目線とぶつかって、思わず鏡から顔を背けた。
「さ、こっち向いて。髪の毛、ちょっとジャマでしょう?可愛くまとめてあげる。」
「あの・・・有望さん?お、オレ思うんだけど、別にここまでしなくても・・・。」
「あら、ここまでしなくちゃダメよ。女の子に化けるって大変なんだから。」
有望は『ね?』といつもどおりのため息のでそうな笑顔で栗色の髪を手に取った。瑠衣の方もたくさんのピンやらかざりやらを手にしてなにやら有望と相談を始めている。
輝と、鏡に映る女の子はお互い顔を見合わせてため息を付いた。ひざに視線を落とすと、ロングスカートからにょっきり自分の足がでている。
それを見て、輝はようやく鏡に映る女の子は自分なのだと認めざるを得なかった。


「・・・女子校おっ?」
「はは・・・そうだよ。瑠衣?」
「うん・・・、あのね。瑠衣のお友達のお姉さんが通ってる高校なんだけど・・・。」
事情を知っている黒羽、きょとんとしている輝、口元だけでニヤニヤ笑う黄龍。
それぞれ反応が違う事を確認して、瑠衣は『こっちこっち』と自分の周りに皆を集める。
ただでさえ照明を暗めにしているコントロールルームで、神妙な顔付きになった瑠衣とメンバー達。時計の音だけが規則正しく空間を刻む。
かちっ かちっ かちっ かちっ・・・
急にあさっての方向を向いた赤星に最初に気が付いたのは輝だった。
「どうしたの?リーダーっ?」
「いや・・・。」
こういう雰囲気ってどうも、夏に聞かされる怪談話を思いだすなあ・・・。

「フッ。赤星・・・暗いのが苦手かい?」
「うるさいなあ、もう。黙って瑠衣の話聞けよ。」
黒羽が含み笑いをしながら、自分の方を見た事に気が付いた瑠衣は、『あのね・・・。』と声をひそめて語りだした。 

そのお姉さんね、その日は日直で遅くなっちゃったんですって。で、部活があっていつもは一緒に帰れないお友達と、帰ろうねって、約束をしてたの。
お仕事も終わって、さっ、約束の時間に間に合うわって・・・そのお姉さんは教室でお友達をまってたの。
けどね・・・約束の時間を過ぎても、そのお友達はぜんぜん来なくて・・・。あ、そのお友達、バスケ部だから、体育館へ様子を見に行ったんですって。
そしたらね・・・。

「何があったのかな?体育倉庫でいけないものでも見ちゃったのかい?」
「そう、黄龍さんの言う通りなの!その子のタオルが倉庫のドアの前に落ちていて・・・。」
「落ちていて・・・?」
瑠衣は言うことを頭の中で一足先に想像してしまったらしい。
ちょっとだけ涙目になると自分の肩を自分の両腕で抱いて、絞り出すように声をだした。
「中を・・・あけたらね、カベもマットも跳び箱もぜーんぶ・・・爪でひっかいた跡でいっぱいだったんだって・・・。」


輝は顔の血の気が引くのがわかって、思わず身震いしてしまった。黄龍も顔こそ笑っているが、眉を大きくしかめている。
「それでね、お友達は相変わらず行方不明で・・・。そのお姉さんも怖くて・・・家から出たくないって。それでね、そのお友達だけじゃなくて、色んな人が行方不明になってるの!ねえ、これってきっと・・・。」
「どなたかが、ご丁寧に敵さんでも出撃させてくれたのかな?ご苦労なこった・・・。」
黒羽がギターをかき鳴らすと、場の空気がいつもどおり元に戻り、そして沈黙がしばし場を支配する。

「なんのために?・・・目的は?」
「手段のためならば目的を選ばないって、ヤツも・・・世の中にはいるのさ。」
黒羽の言葉に黄龍は少しだけ苦笑して舌打ちをする。『襲うんならカワイイ子の方がいいわな。』と不謹慎な言葉と笑みを浮かべて瑠衣を見つめた。
「瑠衣ちゃん、オレ捜査してくるぜ。潜入捜査は・・・まかせときな。」
「・・・どうやって入るんだ?」

赤星のため息まじりの声が黄龍の背中に刺さる。振り返ると彼は顎に手をつけて笑ってはいるが、表情は暗い。
「どう、やってって・・・知ってるだろ?オレが変装得意だってさ〜。美形家庭科教師にでもなってやるって。」
「そこの学校さ、本当に厳格なんだ。男ひとりいやしねえ。教師も受付事務もみんな女なんだ。いくらなんでも女には化けられないだろ・・・?」
「・・・あ、ああ・・・そーだな、ちょっと骨格が・・・。オレサマ背えあるからな〜。」
彼はそう言うと、瑠衣がもたれかかっていた背の高い棚の一番上に乗っていたケーキのレシピをとってみせた。彼は『ハイ。』と女の子専用の笑顔で彼女に差し出すと、また腕を組む。

「そこにいるこた間違いねえんだろ〜?用事作って入るってのもいいんだけど、不自然だしな・・・。オレサマが入っただけで目立つだろうしよ・・・。」
「うーん・・・、困ったね。」
「あ、そうだ!あたしがそこに入って捜査するの!グッドアイデアでしょう!」
瑠衣の方はなんてことなしに『良いことを考えた!』と思って口に出したセリフなのだろうが、一瞬皆かたまってしまった。
そして次の瞬間、特に焦って止める男が2人いた。
「だ、だめだ瑠衣!1人なんだぞ。もし何かがあったらどうする?すぐに助ける事ができない。」
「そうだよ瑠衣ちゃんっ!ぜったいぜったいダメっ!!」
赤星と翠川だ。本当はそこにいた全員が『だめっ!』と言ったのだが、2人のあまりの勢いに、黒羽と黄龍の言葉はかき消されてしまった。
2人が心配して止めているのは瑠衣にもわかっていたが、彼女はちょっとむくれて下を向いてしまった。
「けど、そこの学校私服なのよ。制服だったら、潜入するの面倒だけど、私服なら楽でいいなあって思ったんだけど・・・。」
「私服か・・・。なら話早いぜ、おい輝。」
「・・・え?」
急に話を振られた輝は、髪をちょっといじってから黒羽の方に振り向いた。
黒羽の方はと言えば、皆を指さしつつぶつぶつと何かをつぶやいている。
「赤星の旦那は175pで・・・黄龍は180pだっけ?俺は179p。お前が一番低い166p。」
「いきなりなんですかっ。背の話なんかして・・・。」
話をする時はいつも見上げなくてはならない立場の輝は、背と顔の話をされることが大嫌いだ。それは皆知っていることなので、あまり口には出さない。彼は今もちょっと厚い底の靴を履いている。
黒羽は帽子の下からニッコリ笑って、ギターをポロン、と一回鳴らした。
「お前さんが行ってこい。私服ならひとり混じっていても、だれも気が付かないさ。」

「は?」
「フッ。」
黒羽は輝の言葉をハナで笑って、もう一度ギターをかき鳴らすと瑠衣と輝を見てニッコリ笑った。
「瑠衣ちゃんのお洋服さえあれば大丈夫さ。」
「・・・そ、それってもしかして。」
輝はあまり聞きたくない言葉がこれから黒羽の口から出てくるのが目に見えてわかったが、わからないフリをしておいた。
いや、したかったのだが・・・。
「女装すりゃいいじゃねえか。潜入して、敵さんの目星がついたら俺達に連絡をくれ。」
それはムリだった。

だが、最初にその話に乗ったのは意外にも瑠衣だった。
「わあ、面白そうっ!お洋服貸してあげるよ輝さんっ!ね、それからちょっとだけお化粧してもらおうよ!」
「なるほど〜・・・いいアイデアじゃない?輝と瑠衣だったら背格好も似ているし、丁度いいな。」
「ぶっ・・・くっくっく・・・。いいじゃねえかよ〜・・・。どんな風にふるまったら女の子らしーか、オレサマが教えてやるって。」
容赦なく背中に突き刺さる言葉を皆に投げかけられて、輝はテーブルを思わず両の拳でがんっ!と叩いた。コーヒーが波打って少しだけこぼれる。
「イヤですよっ!!例え黒羽さんの言葉でもイヤだっ!ぜーったいヤですからねっ!!」
彼はカベの方に顔を向けてヘソを曲げてしまった。
輝はこの女性のような自分の顔にかなりのコンプレックスを持っている。初めて家に来た人にはかならず『お姉さんですか』と言われるし、街を歩いていても女性に間違われる事が多々あった。何を着ていても自分の本当の性別を一発でわかってくれる者はそう、ザラにいないので、あんな適当なカッコをしているのだがそこまでわかってくれる者はあまりいない。

「とにかく、オレはイヤですからね・・・っ。」
「じゃあ、瑠衣ちゃん。やっぱりキミが行って来てくれないか?」
黒羽は輝の肩がぴくりと動くのを確認すると、自分の言葉を咎めようとした赤星と瑠衣にぱちりとウインクをした。
「そうだ、わざわざ女装するなんてそんなマネしなくても、それが一番スピーディな方法だよな、休み時間にでもすすーっと入ればいい話なんだからよ。瑠衣ちゃんは女の子だからやましい事はなにひとつないしな。」
黒羽が顔色の変わった輝を見ようと、帽子の端を指で軽く上げた。
効果はてきめんのようだ。まるで自分事のように顔色が悪い。

「え、ちょ、ちょっとだめだよそれはっ!」
「なぜだ?」
「そんな危険なマネさせたらだめっ。女の子なんだよ瑠衣ちゃんはっ!何考えてそんな事言ってるんだよっ!お、お、オレ・・・が・・・。」
言葉の最後が聞き取れない。それさえ口に出してくれればこの工作はカンペキに終わるのだが。
「・・・答えはキマリかな・・・?Answer is・・・?」
「OK・・・っ!!」
輝は拳でテーブルを叩くと3杯目のコーヒーをテーブルの上にぶちまけた。



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