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第26話 黒騎士、影に消ゆ
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(オレ、もう成人してますよっ) ちょっぴり頬を膨らませてそう言ったあと、長い睫毛を伏せて照れくさそうに笑った少年の顔が脳裏に浮かんだ。 それが‥‥‥‥。 緑の小柄な身体が、鈍く光る大刀になぎ倒されて動かなくなった瞬間、笹木は叫んでいた。 「岸に戻せ! 戻してくれ!」 「‥‥ムリだ‥‥。我々が行ったところで‥‥っ」 ハンドルを握りしめながら竹本が叫び返す。民間人2名を乗せた竹本が少し沖に出ただけでモーターボートを止めていたのは、笹木がどうしても撮影したいと言い張ったからだ。本来であれば真っ先に巡視艇に戻るべきだったのだが、竹本にもこのカメラマンの"熱さ"のようなものが伝わってくる気がしていた。海上保安庁の職員2名の乗ったもう一台のボートは、OZ基地への連絡と援軍の要請のため巡視艇に戻っていた。 夕日の中でただ一人現れたこの敵の圧倒的な強さは、誰の目にも明らかだった。最初は中世の甲冑騎士のような出で立ちだったが、その黒い鎧がざわざわと蠢き、乾き始めた血のようなどす黒い紅に変化した。表層が分化した筋肉のような形状に変わる。だのにパーツごとの表面は甲羅のように硬そうだ。身の丈が高くなった分、最初よりスリムになったボディはスピード感があった。 「違う! もっと近くであの化け物の記録を撮るんだ! 絶対に役に立つはずだ!」 笹木の叫びに、竹本は思わず振り返った。揺れる船の上で、男は増感フィルターを取り付けたカメラのファインダーを必死で覗き込んでいる。そのレンズが追っていたのは、この男がファンだと言っていた5人の姿ではなかったのだ‥‥‥‥。リーブスーツには戦闘記録をオズベースに転送する機能がある。だがこの空間でそれが意味をなさないのは自明だった。 「‥‥負けたよ‥‥。鞍田さん、いいですかね?」 「ええ。笹木さんの言うこと、わかりますから」 鞍田の了解を聞いて、竹本がモーターボートを発進させた。 ボートが着岸した時、ガス爆発のようなどんっという衝撃があたりの空間を襲った。混戦の中から黒いスーツがはね飛ばされ、トラックのコンテナに激しくぶち当たる。ずり落ちた彼が立ち上がろうとした時、どんな方法で移動したのか既に化け物が迫り、振り上げた得物をそのまま振り下ろした。 3人の男達の喉で悲鳴が無音の塊に変わってじわりとせり下る。竹本がかすれた声で言った。 「鞍田さん、ボート、運転できますよね」 「は、はい」 「貴方はここに残って。私に何かあったらすぐに逃げて下さい。いいですね?」 「そん時は、ぜひ、オレのカメラも持ってってくれ。何があってもここまでは届けるから」 「‥‥はい‥‥」 カメラを気にしながら岸に上がった笹木と、その笹木の足元に注意を配りながら後を追う竹本。残った鞍田は、無意識に胸ポケットに入った御守りを握りしめていた。 ===***=== 「凄いわ、スプリガン。まだこんな怪人を隠し持っていたの?」 基地に戻ったアラクネーがロボットバードの映像を見た第一声はそれだった。スプリガンはにやにやして答えた。 「おいおい、そりゃあちょっと無礼が過ぎるってもんだろう? 司令官殿に対して怪人とは!」 島にヘリで入り込んできた人間を確保できたというからシステムの出力範囲を絞ったのに、まったくOZの残党どもは鼻がいい。その上乱暴極まりない。港に張り込んでいたロボットバードはぶっ壊すわ、新型は6体もダメにするわ‥‥。こっちがディメンジョンクラッカーに手一杯なのを分ってやっているとしか思えねーぜ、このくそったれ! と喚いていたら、司令官が自ら出ると宣った。 今となっては"隠れ"黒騎士ファンでいるしかないスプリガンだが、ブラックインパルスが戦闘形態を持っているなんて知りもしなかった。鎧ごと変形を始めた時も驚いたが、そのとんでもない強さを見た時は危うく首が外れるところだった。何が歳をとっただ。いったいどれだけ経てば追い付けるんだと、悪態の一つも言わせて欲しい。オズリーブスの首はやはり黒騎士様に先を越されちまうのか‥‥。 ‥‥という割にはスプリガンの声は妙にはしゃいでいた。 「凄いだろう! ありゃあ、噂に聞いたバイオアーマーだ。ちょっと動きがぎこちない気がするが、仕入れたの最近か? あれがこんなに進歩するなら、オレも生身のボディをとっとくんだったぜ。天下の黒騎士があんなもん持ってるなんざ、"ズルイ"以外、どう言やいいんだ?」 反応がないので横を見ると、少女は凍り付いた表情のまま、食い入るように戦闘形態になったブラックインパルスの姿を見つめていた。 「どうした?」 「あれは、なに?」 「だからバイオアーマーだよ。簡単にいやぁ寄生生物みたいなもんだな」 「バイオアーマーって、あれじゃまるで別人じゃない! 元に戻れるの!?」 アラクネーの声が悲鳴に近くなる。スプリガンがやれやれと説明してやる。 「新しい鎧を仕入れたと思や、同じだろう? 終わればいつもどおりの司令官殿さね、安心しな」 もう二度と生身の身体には戻れないスプリガンは、なんとなく拗ねたそぶりでそっぽを向いた。元に戻れなくたっていーじゃねーか。あんなに強いんだぞ。それになかなか格好いいボディだってのに、何が悪ぃんだ。ったくこれだから女ってのは‥‥。 ‥‥‥なに‥‥? 部屋の隅のモニターに表示された曲線の上昇に気付いたスプリガンが、いつもより一層うるさく足音を響かせてモニターに近寄った。アラクネーが不思議そうにそちらを見やる。 「なぜだ? 次元回廊が‥‥開くぞ!」 ===***=== 早く‥‥。 早く行かないと、殺されてしまう‥‥。 必死でもがいているのに、まるで手足の隅々にまで鉛を流し込まれたように身体が動かなかった。 視界の中で赤いスーツが砕けるように地に崩れる。 化け物からいつもの姿に戻ったあの男がその身体に剣を振り下ろした。 叫ぼうとしても声すら出ない。 黒い鎧の持っている大刀の切っ先から、ぽたりと何かが滴った。 いやだ。 もう、いやだ。 ‥‥‥これ以上‥‥オレを‥‥おいていかないでくれ‥‥‥‥‥ 「‥‥‥‥ば、おい、黒羽!」 がばっと半身を起こすと、目の前に見慣れたいつもの黒い瞳があった。 「あ‥‥。あか、ぼし‥‥?」 「だいじょぶか? えらくうなされてたぞ」 黒羽は呆然とあたりを見回した。ちゃんとベッドに寝かされていたらしい。枕もとのスタンドで照らし出されたデジタル時計の表示は午前1時少し前だ。狭い部屋に窓は無く、ベッドから妙な具合の揺れと振動が伝わってくる。狐ににつままれたような顔をした黒羽の額にいきなり無骨な手が当てられた。 「やっぱ熱、出ちまったみてえだな」 ちょっと待ってろよ、と呟きながら何かを探している背中を見やる。部屋の隅にはビーチチェアのような簡易な寝椅子があって、赤星はそこで寝ていたらしい。ふと左肩に鈍い痛みを感じた。抑え込もうと手を伸ばして初めて気づいた。何も着ていない上半身も両手も包帯だらけだった。その上リーブレスがないことが不安を増大させた。 「もう薬の在庫が無いって言ってたから‥‥。とにかく横になれよ‥‥」 黒羽は伸びてきた赤星の腕をぎゅっと掴んだ。 「‥‥何が‥‥どうなってる? お前、平気なのか? みんなは!? 何処なんだ、ここは!?」 「俺もみんなも大丈夫だ。ここは巡視艇の中さ。いいから安心して寝ろって。大人しくこの熱とるヤツ貼らせろよ。そしたらちゃんと説明するからさ」 照明の加減か、赤星の顔には憔悴した感じの陰影が浮いていた。ただその表情は静かで、不思議と有無を言わせない雰囲気があった。黒羽は聞き分けのよい子供のように横たわると、ご丁寧に上掛けまで引っ張り上げた。 珍しく素直なその様子に赤星はくすりと笑った。親友の額に浮いた汗をタオルでおさえて、除熱ジェルのシートをぺたりと貼ってやる。それから寝椅子を少しだけ引っ張り寄せると、お互いの顔が見える位置に座った。 「俺達さ、ブラックインパルスに徹底的にやられたんだ。偶然と運のおかげで辛うじて助かった」 「どういうことだ?」 「プロテクトモードの、硬くて厚い感じっての、スーツが本当にそうなってたんだ。空間の歪みの中で無理矢理リーブ粒子を実体化させたから、粒子の循環圧力と密度がえらく高くなってたらしい。あとはブラックインパルスが、途中で引いてくれたから‥‥」 「みんなの容態は?」 「急所に強い衝撃受けて、気を失っちまったのがかえってよかったみたいだ。まあ、かなり手ひどい打撲くらってるし、とにかく果て切ってるけどな‥‥。でも、お前が一番ひどかったんだよ‥‥」 「‥‥‥‥」 「‥‥お前、さんざんやられてたのに、俺のこと庇って、鎖骨折っちまって‥‥、その手も‥‥」 「お前を‥‥?」 「あとから竹本さんに聞いたんだ。お前がアイツの剣を受け止めてくれなきゃ、俺、死んでたって。‥‥俺、なんつったらいいのか‥‥。ほんとに、ごめん‥‥」 「そうか‥‥」 ‥‥‥じゃあ、あの夢‥‥。 オレは、間に合ったってわけか‥‥。 ‥‥ざまあみろ、ブラックインパルス。 あんたがどれだけ強かろうが、こうして生きのびてるなら、まだチャンスはある‥‥。 急ににやりと笑んだ黒羽を見て、赤星が目をぱちくりさせた。 「な‥‥。なんだよ」 「いや、なんでもない‥‥。じゃあ、お休み前の絵本の時間だ。順番に話してもらいましょうか?」 いつもの黒羽らしい言い方に、安心と苦笑の入り交じった顔をした赤星は顛末を説明し出した。 応援のボートが戻ってきた時、着装も解けてしまった五人は完全に意識を無くしていた。ブラックインパルスが何故消えたのかは不明だ。ブラックインパルスが剣を振り下ろす直前に機械の鳥のようなものが鎧の男の肩に留まったのを見たと竹本は言っていた。ブラックインパルスが竹本と笹木に手を出さなかったことはまさに幸いだった。竹本が持っていた357を全弾ぶちこんだにもかかわらず‥‥である。 巡視艇に運び込まれた五人が応急処置を受けている最中に警察の高速ヘリで洵と田島が来てくれた。田島はすっかりエネルギーを使い果たしたリーブレスを回収し、ヘリは田島と笹木と鞍田を乗せてとんぼ帰りをした。 赤星が、申し訳なさそうな顔をした竹本に起されたのは夜の11時頃のことだった。仲間が死んだのではないかという凍り付きそうな恐怖から無事を知らされた時の安堵まで、鎮静剤で呆けた頭は短時間で地獄と天国を往復して正気に戻った。 巡視艇の通信室にはオズベースからの通話が入っていた。リーブレスの状態を分析した葉隠はリーブスーツが予想外の防御効果を発揮したのだろうと言い、赤星は改めて背筋が寒くなるのを感じた。 笹木と鞍田が無事に帰宅できたこと。発電所のアセロポッドはかなりの戦力をつぎ込んだがなんとかなったという話にはほっとする。笹木は戦いを撮影したフィルムを丸ごと田島に渡して行ったそうだ。大事な特ダネ写真は、結局彼の手を離れてしまったのだった。そして、もう一つ。 「ブラックインパルスが消えるちょっと前から、島の周辺で次元回廊が開く時の電磁波が観測されてるらしい。それも、異様に強い形で‥‥」 「‥‥やつらの目的は、次元回廊を開くことだったってのか?」 「ああ、その可能性は高い」 今まで次元回廊が開く頻度は、当初の計算より少し少なく、週に1回あるかないかだった。回廊が開く時の電磁波は必ずキャッチできるから、それなりに心構えもできた。ある意味、だからこそ5人でなんとかなってきたとも言える。それが敵の自由になるとしたら‥‥。 「とにかく朝になったら田島さんがリーブレスを届けてくれることになってるから‥‥」 いいかけた赤星が、ふと目をそらした。 「あの‥‥とんでもねえ親玉と会わずに、その回廊を開く仕組みだけ潰せねえかな‥‥」 その珍しく気弱な声音に、黒羽が目を見開く。 「赤星?」 赤星は我に返って黒羽の顔を見ると、恥じたように口元を歪めた。 「俺‥‥。みんなに付いてきてくれって‥‥言いたくねえんだ‥‥」 いつもだったら甘いと怒ったかもしれない。でも今夜ばかりは同意してやりたい気分だと黒羽は思った。次もまた運が味方してくれるとは限らなかった。 ===***=== <私がそちらにうかがいます。ご相談したいこともありますので> 暗黒次元からそう言う魔神将軍の声が聞こえてきた時、アラクネーもスプリガンも意外そうな表情を隠さなかった。初めて人工的に開通した次元回廊を、あのシェロプが人体実験も同然に通過してくるとはあまり考えられない話だった。だがブラックインパルスは満足そうに頷いて答えた。 「そちらが安定しているなら、お前のいいようにしてくれ」 <ゴリアントから例のものを1体預かっていますので、それを連れて行きます> 「せめて、それを先に送るがいい。お前に何かあっても困る」 <わかりました> 実験室の一角はごちゃごちゃした装置に埋め尽くされているが、中央にあるディメンジョンクラッカーは、表面に蛍光のような煌めきが走るのですぐそれとわかる。そしてその脇の空間におぼろな影が生じた。電波状態の悪いテレビのように乱れ歪みながら、それが実体化していく。 「スピンドル!?」 アラクネーが驚きの声をあげる。それは以前、オズリーブスに倒された夢織将軍の持ち駒の姿だった。ゴリアントがゴルリンという人形に死んだ怪人の能力を蘇らそうとしていることは聞いていたが、ここまでそっくりに作り上げるとは思っていなかった。 スプリガンのOKサインの後に実体化したのは、気取った立ち姿の魔神将軍その人だった。 「ご苦労だったな、シェロプ」 「はっ」 右腕を胸にあて一礼したシェロプは、アラクネーの方を向くと事務的に言った。 「ゴリアントから伝言だ。そのスピンドル・ゴルリンは、戦闘能力は元と同じだが、夢を見せる力は無い。基本的にはスプリガンのチップを埋め込んだ人形だ。そのつもりで使ってくれ」 「わ‥‥、わかったわ」 「それで、シェロプ。相談の向きとは?」 ブラックインパルスに問われたシェロプが、滑らかに喋り立てた。 「実はあちらで問題が持ち上がりました。ディメンジョンクラッカーが、今一歩安定しないのです。それに、ゴリアントが現在育成中の3体のゴルリンに埋めるチップに不良が見つかりました。できれば、機甲将軍に戻っていただきたい。かわりに私がこちらを担当しましょう」 「ふむ。スプリガン。どうなのだ?」 「そうですねぇ。今んとここっちのクラッカーについては手を尽くした状況ですからな。今こーやって次元回廊が開いているのも、この島の空間になんらかの歪みが生じて、次元回廊が開きやすくなったからなんです。マグマの影響ですかね。まだ原因はわからねーんですが」 「あとは、その歪みのデータが取れなければ、話が進まぬということか。ならば逆に、お前がしばらく戻っていても、問題はなさそうだな」 「そうですね。ついでにちょっとオーバーホールもして来たいところだし‥‥」 スプリガンが肩のあたりに手を置いて、ちょっと首を回した。 「では、スプリガン。今までの状況を教えてもらえるか?」 殊勝な態度でそう申し出たシェロプをスプリガンは腕組みして見上げた。 「ほう。これはこれは。侯爵様もずいぶんと勉強熱心になったもので」 「私だとてやらねばならぬ時はやる。それに記憶力にはかなり自信があるが?」 「へーへー。じゃ、早速、お勉強会を始めましょうか?」 なぜ、空間に歪みが生じたのか。 シェロプだけがその理由を知っていた。 だが、全ての事実を覆い隠すその顔は、まさに白い仮面だった。 2003/1/17
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