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第7話 蒼龍・火竜
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オズベースの小さな応接ルームで、手袋も、帽子すら取らず、赤星を立たせたまま、警察庁警備局の浅見局長は怒りまくっていた。5人揃えず出撃したことに対する最初の譴責に対しては一言も無い。ただ頭を垂れて陳謝するしかなかった。だが、事情が全てわかった上で、浅見はこう怒鳴った。 「馬鹿野郎っ それでも貴様は撃つべきだったんだ!」 「しかし、それでは、警官隊に被害が‥‥」 「あの場を守るのは彼らの任務だ! そしてお前達の仕事はあの赤い化け物を倒すことだった!」 「警官隊の装備はきかなかったんです。だから俺は! それにひどく危険なヤツで‥‥」 「先に化け物を倒してからなら、いくらフォローしてもかまわん! だが、貴様はやるべきことをやらなかった! ターゲットを逃がして、これから出る被害のことをどう考える!」 「それは‥‥!」 「結果論だと言いたいのか? だが、大衆は結果論でしか語らん! 現場で働く者にとってどんなに理不尽であってもだ! そして信頼を失えば、動けなくなるのはお前達自身だ!」 赤星は軽い眩暈を感じた。警官がやられても、怪人を倒すべきだった? 一般大衆の評価? そんなことまで、俺は考えられるのか? そんな判断を、あの戦いの場で‥‥!? 「私は忘れんぞ、赤星。OZの日本本部が壊滅した際、その全権を公安管轄にしようとした時、ドクター葉隠と若造のお前が科学者どもを焚きつけた。最終的には国連側からの外圧で、OZは野放し状態になったのだ」 「‥‥OZは‥‥国や政府にとらわれないことに意味があるんです‥‥。だから‥‥」 「それなら、自分の言ったことに責任を持つんだな。現場でその程度の判断ができんなどと、泣き言は言わさん。貴様は貴様の意志で、今の立場を選んだのだろうが!」 浅見はつかつかと赤星の側に歩み寄ると、持っていた書類でその厚い胸を叩いた。 「自分の犯したミスに謝罪もできないような男に、こんな仕事が務まると思っとるのか? 貴様がネを上げるなら、いつでもここを私の配下に置いてやる。どうだ!?」 赤星の、浅見を見る眼差しに険がこもる。では、貴方ならあの時うまくできたのか! という叫びがわき起こった。警官に死傷者が出たら‥‥、貴方はいったい‥‥! 赤星は目を閉じて拳を強く握ると、喉元の言葉を唾とともに飲み下し、奥歯を噛みしめた。 落ち着け。一時の感情など、どうだっていい。 道場で身体の力を抜く時のように、長めに息を吐き出す。 目の前にいるこの男が、OZと警察庁を繋ぐ要であることも、その後ろには警察だけでなく自衛隊があることも、赤星はよくわかっていた。全体から語れば自分たちの方が特殊部隊だ。警察と自衛隊の協力が無かったら、戦うことはできても、その戦いから人々を守ることはできない。 だが‥‥警察と自衛隊だけではダメだという気持ちは変わらない。むしろその気持ちは以前より強くなっていた。国際的な機関であるからこそ、逆に外交官特権的に身軽に動ける。情報はOZのパリ本部に速攻で送られ、それが国益にとらわれない科学者たちの間で吟味され研究される。現在のリーブスの装備その他に生きる技術は他国から送られてくるものも多いのだ。 ここに、縦割りの許認可と利権の山で構築される日本政府が絡んだら、本質とは遙かにかけ離れた作業に追われるのは必定だった。有力な武器を持ちながら傍観者になり果ててしまうなど、まっぴらごめんだ。OZの立場はそのままに、警察との密接な協力関係を維持すること。そのためにはこの男を怒らせてはならない。それに‥‥ それに‥‥常に‥‥結果が全てだ‥‥。 警察もまた一般市民を守るために戦ってる。俺はそれを信じられなかったのかもしれねえ‥‥。 赤星は瞼を開いた。一瞬、浅見と目が合って、視線を落とし、頭を深く下げた。 声が震えないように少し努力しなければならなかった。 「申し訳ありませんでした。全面的に俺の判断ミスでした。今後繰り返さないよう注意します。ですから、今後も両者の立場と協力体制は、どうかそのままに‥‥」 互いに無言のまま車まで浅見を見送りゲートを閉じる。車の走り去った方向を、しばらくぼうと見ていた赤星が、いきなり「ばっかやろーっ」と怒鳴った。右拳をたーんと左掌に打ち付ける。 運命のヤツはずいぶんとシンドイものを俺に押しつけてくれた。 でも‥‥助けても、もらってる。 少なくとも今日は誰も死ななかった。 もっともっと取り返しのつかないことだって起こり得たはずなのに。 終わったことは終わったことだ。 あとに生かすならともかく、悩むのに使っても意味がねえ! くるりと振り返った赤星の瞳には、いつもの輝きが浮かんでいた。 ===***=== コントロールルームに戻ると、黒羽と黄龍の姿が消えていた。田島が憮然たる顔で、黄龍の席に座り、彼がやっていた作業の続きをやっている。 「あれ、田島さん、二人は‥‥?」 「黄龍君が怒り狂って出ていった。で、黒羽ちゃんはそれを追っかけてった」 「なんで? 怒ることなんて何も‥‥?」 「応接ルームのモニターが上がってたんだ‥‥。一部始終、流れた‥‥」 「な‥‥‥!」 さっきのシーンを見て黄龍が怒り出したならわかる気がする。組織や権威といったキーワードは黄龍の逆鱗なのだ。それに、あの状況では、自分が一方的に屈したと思われても仕方がない。 黄龍の父は黄龍財閥本家の跡継ぎだった。彼はある女性と大恋愛の末、駆け落ち同然に結婚し、黄龍が生まれた。だが、黄龍の祖母がその二人を無理矢理別れさせたのだという。父は幼い黄龍を連れて黄龍家に戻って再婚し、実母はどこかでひっそり暮らしているらしい。黄龍は高校の時に家を飛び出し、ほとんど実家によりついていない。 黒羽にその話を聞いて、赤星は赤星なりに黄龍のことを理解しようと努力はした。努力はしたが、結果はあまり芳しいものではなかった。 幼くして母親が病死している赤星には、"母"というものについて漠としたイメージしかない。父親は厳しかったが、五歳上の兄が優しく面倒見のいい人間で、また赤星自身の脳天気な性格も手伝って、母親不在の寂しさをそう感じないままに育ってきた。祖父母が両親を別れさせるなど、自分のケースで考える限り、親父と祖父が道場でとことん取っ組み合うシーンしか思いつかない。もし、親父が何もせずに祖父母に屈したら‥‥やはり軽蔑しただろうか‥‥。それとも‥‥。 えらく上っ面な想像しかできなかった。いったいどういう感じだったんだろう‥‥。 黄龍の気持ちを、言葉では「悔しい」とか「寂しい」とか言えても、感覚として捉えることが赤星にはできなかった。そして、この男にとって最も大切なのはその"感覚"なのだった。 赤星は、黄龍と初めて会ったあの日、彼の瞳に宿った物騒な煌めきを思い出した。 研ぎたての刃を舐めて走る光にも似た蒼い炎‥‥。 まいった‥‥。俺は黄龍のこと、まだ、なんもわかってやれてねぇ‥‥。 「データの整理、お前の分もやっておこう。二人とも喫茶のモニターに映ってるよ」 田島が言う。 「はあ‥‥すんません。お願いします‥‥」 「ああ、赤星?」 踵を返した赤星の背中に田島が呼びかけた。 「なんすか?」 ドアの直前で振り返る。 「お前、よく我慢したな‥‥。たいしたもんだ。それでいいんだよ」 田島がまっすぐに赤星の目を見つめて微笑んだ。赤星の顔にふわっと笑顔が広がる。照れたように頭を掻くと田島に目礼し、赤星はコントロール・ルームを後にした。 ===***=== カウンターの上の両拳が震えている。自分の背中で、輝と下校したばかりの瑠衣が怯えて固まっているのがわかる。それでもどうしても、わき起こる怒りが抑えられない。 追いすがってきた黒羽は言った。 「お前にはあいつの思いがわからんのか?」 わからない‥‥。 いや、わかりたくもない! 所詮、あの赤星という男も、同じなんだ‥‥。 自分可愛さに‥‥でかい権力に対しては、事なかれ主義を通すんだ。 はじめて会った時の赤星のまっすぐな瞳‥‥。一瞬、こんな目をするヤツがいるのかと驚いた。だからあえて、嘲笑をぶつけてやった。99%、ただの偽善者だと! 半年以上付き合って、夢を見始めた。組織に属しながら、それでも信念のままに生きている男もいるのだと‥‥。誰に媚びることなく、自分自身の思いのために‥‥‥‥。 信じ始めていたんだ‥‥アイツを‥‥。なのに‥‥! 警察庁の傲岸な男の言動一つ一つが、頭に耳に瞼に染みついて離れない。何度も何度も繰り返されるリフレイン。過去に見た、似たようなシーンを、一緒に引きずり出しながら‥‥。 頭が痛くなりそうだ‥‥。 あーゆーヤツは、もっともらしいことを言って、ただ他人を屈服させて悦に入る。 警官隊を守ってやって、礼を言われこそすれ、謝る必要なんてこれっぽちもねーはずだ! それを‥‥っ! ちゃっとドアの開く音がして赤星が、店内に入ってきた。 一瞬立ち止まり、ボックス席の輝と瑠衣、そしてカウンターの中の黒羽を見やったが、そのまま、まっすぐに黄龍の脇に歩み寄ってきた。黄龍は、自分の拳を見つめたまま、顔も上げない。 「黄龍‥‥あのな‥‥」 「‥‥なぜ、あのヤローに謝った‥‥」 ひどく低い声で黄龍が言った。 「俺達はどっこも悪くねーだろ。あの時俺達が入らなかったら、あいつら死んでたぜ」 「それは、そうかもしれねえ。だが‥‥結果、俺たちはあの怪人を逃した‥‥。またどこかで、同じ被害が出る可能性が高い。俺の判断にミスがあったのは事実だ。言い方はどうであれ、局長の言うことにも一理‥‥」 黄龍はいきなり立ち上がると、両手で赤星の胸ぐらを掴んだ。 「そんな優等生面すんじゃねえっ!」 黄龍を引き止めようと立ち上がった輝を、先回りしていた黒羽が遮った。 口元に両手を押し当てて、瞳を大きく見開いた瑠衣の肩が震え始める。 黄龍は激情のままに赤星を揺さぶった。 「あんた、あのヤローが怖かったんだろ? 俺たちにはさもわかったようなこと言って、警察のお偉いさんにはまた別の顔かよっ! 見損なったぜ、あんたをっ」 赤星は胸元を掴まれたまま、静かに言った。 「べつに怖いわけじゃねえ。だけど、警察との協力体制無しで、俺たちだけで、この国が護れるとも思ってねえ。あの人の協力は、どうしても必要なんだ」 「だから謝れって言われりゃ謝るのか! 悪くねーのに謝るのかよ!?」 黄龍が突き放すように手を離す。赤星は襟元に軽く手をやると黄龍の顔を見つめた。 「だから、俺にも悪いトコがあったって言っただろ? いったいどう言やいいんだよ。警察と俺たち、おんなじ側なんだぞ。こんなんで剣突合ってる場合じゃねえだろ?」 「あんたを信じかけた俺がバカだったんだ‥‥」 ぼそりと言った黄龍の一言に、赤星がびくりと目を見開いた。 黄龍がぐっと右手を握りしめた。肘を曲げ、肩を少し後ろに引く。胸の高さからまっすぐに、赤星の顔めがけて拳を叩き込んだ。あまりにはっきりした手応えに、黄龍のほうが驚いた。 足を踏みしめて身体をささえた赤星の黒い瞳が、乱れた髪の中から黄龍を見た。黄龍がこれまで見たことのない、ひどく苦しげな色だった。 「そうやって‥‥よけもしねーで‥‥。やることなす事、アッタマくんだよっ」 黄龍は吐き捨てるようにそう言うと、ドアを押し開けて飛び出した。 後ろ手にドアを叩き付ける。 勢いで跳ね上がったドアベルの音が、残響のように、長く耳に残った。 2001/12/23
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