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第17話 約 束
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朝靄。 鈍い朝焼けを映す硝子。『森の小路』の正面に一台のバイクが止まっていた。その周囲には何人かの人影も見える。 「いまいち心配だな……事故るなよ、瑛ちゃん」 「やだね〜黒羽、俺様がそんなドジ踏むと思うわけ?きっかり15分前に到着してやるって」 「サイッテー!何でよりによって送り迎え、瑠衣ちゃんの指名がエイナなんだよっ!?」 『信じらんねーっ、詐欺だ、フリーメーソンの陰謀だっ!!』と繰り返す輝に向かって、黄龍はふふんと鼻で笑ってみせる。いわゆる『勝利の笑み』というやつだ。 「言いたいことあんなら瑠衣ちゃんに言ったら〜?」 「オレはエイナのそのすぐ調子に乗る性格が心配なのっ!!」 「全くだぜ、坊や」 「あ、黒羽、なにげに同意してるワケ!?」 「お前ら、大声で騒ぐんじゃない!早朝だぞ!ご近所さんに迷惑だろ!?」 幾分抑えられた声が彼らを呼んだ。振り返ると赤星が立っている。彼の後ろからは瑠衣が身支度を整えて出てきた。いつもよりほんの少し改まった姿勢で、しかしその顔には緊張の色はない。微笑みさえ浮かべている。黒羽は内心「この子、大物だな」と思った。一方の赤星は落ち着かない様子で瑠衣に声をかけている。 「瑠衣。忘れもん無いか?寒くないか?オレの帽子持ってくか?何だったらカイロあるぞ。それからこれ、弁当な」 その様子は名実共に父親である。瑠衣を含む赤星以外の全員が思わず笑ってしまう。 その頭が後ろからこんと叩かれた。 「赤星、意外に心配性なのね?」 「あ……お前、いつの間に……」 赤星が振り返って呟く。そこには丈の長いケープを纏った有望が立っていた。手には小さな包みを持って微笑んでいる。 「私のことはしょっちゅうほったらかしにするくせに。ねえ?瑠衣ちゃん」 「お姉さま!見送りに来てくれたんですか!?」 瑠衣がぱっと笑顔になった。やはり、憧れの人が来てくれるのは嬉しいらしい。 「はい、これ。余計なことかも知れないけれど、私も何かしたかったの」 有望は瑠衣に、手にした包みを手渡す。 「ちょっとだけれど甘い物。甘いものを食べておくと落ち着くし、疲れもとれるのよ。葉隠博士のお菓子には、とても敵わないけど……」 「お姉さまが焼いてくれたの!?ホントに!?」 包みをぎゅっと抱きしめる。ふくよかに甘い香りがして、瑠衣は嬉しくなった。 「ありがとうございます、お姉さま!大事に食べるわ!」 「それからこれは葉隠博士から、合格祈願のお守り。洵君から絵馬のキーホルダー……どっちも菅原道真の祀られてる神社のお守りよ。二人とも今日は見送りにこれないからって、お参りに行かれたらしいわ」 「……わざわざ行って来てくれたの……!?」 瑠衣は受け取ったお守りを手にしてしばらくの間見つめていたが、やがて大切そうにそれらを鞄に付けた。 「頑張ってね、瑠衣ちゃん。みんな応援してるんだから」 「はい!」 瑠衣はしっかりと頷いた。 まだ3月にならない朝の空気は容赦なく冷たかった。バイクとなれば尚更だ。瑠衣は長いパンツをスカートの下に履いていたが、制服ではやはり厚着にも限界があった。 「なー、瑠衣ちゃん、送るの俺様で良かったわけ?どーせだったら赤星さんか黒羽に車で送ってもらえば良かったじゃん」 無事に送り届けた受験会場の前で、黄龍は何とはなしにそう聞いてみる。 「……」 瑠衣は風で乱れたコートとマフラーを丁寧に整え、付けていたヘルメットを黄龍に手渡した。鞄を両手で提げると黄龍と向かい合う。 「いいの。約束のこと忘れないようにしたかったし……それにあたし、どうしても言いたいことがあったの。瑛那さんに」 「言いたいこと?」 「二度と自分のこと、あんな風に言わないで」 次々と自分の横を通り過ぎていく受験生達の声がひどく遠くに聞こえる。 預かったメットを持った黄龍の手が一瞬止まったが、瑠衣は構わなかった。自分の言葉が相手の触れられたくない部分に触れてしまったのはよくわかっていた。 しかしそれでも、どうしても言いたかった。これだけは。そう思った。これは黄龍にとっても、そして自分自身にとっても大切なことなのだから。 「あたしは瑛那さんのこと、そんな風に思わないもの。瑛那さんが自分のことあんな風に言うのを聞くの、あたしは嫌。……それだけよ」 「……瑠衣ちゃん……」 黄龍の上げかけた声にリーブレスの呼び出し音が重なった。彼のリーブレスに二人の視線が集中する。瑠衣は一瞬身を固くしたが、すぐに冷静な顔に戻って黄龍を見た。黄龍もすっと表情を変えた。 「瑠衣ちゃん……。信じてるからな」 「あたしも。瑛那さんとみんなのこと。頑張ってって伝えて。あたしも頑張るから」 「……りょーかい!」 黄龍は一気にエンジンをふかした。タイヤが急回転する。 「受験終わったらここで待ってな!迎えに来るから!」 「うん……!」 道路へ飛び出すバイクを、少しだけ走って追いかける。大型バイクはあっと言う間に朝霧の中へと消えた。 「……」 瑠衣は暫くそれを見送った。少し後ろ髪が引かれる気分になるが、すぐにそれも消える。 大丈夫……。大丈夫。みんなはスパイダルを倒す。あたしは受験に合格する。約束したもの。そう約束したもの……。 瑠衣は受験会場に向き直る。その瞳が強い意志の光を放った。 「……!?」 その商社ビルに一歩入ってみて、黄龍はその火災が明らかに異常であることを認識した。一番最初に持った印象は『とにかくヤバイ』である。 焚き火をした時、あるいは燃えさかる薪ストーブの中を見た時、そして火災に遭遇した時……そこでは目の前で実際に『物が燃えている』のを見ることが出来る。しかし今、目の前で起こっているそれは明らかに違った。 柱が、机が、パソコンが、泡を吹くように溶けて崩れ落ちかけている。幸い、スーツは耐熱強化を受けている。全く熱気を感じない。そのためここがどれほどの高温であるかはとても想像つかなかったが、この分では建物自体がそう長くは持たないだろうことだけはわかった。 「レッド、ブラック!グリーンっ!!いるんだろっ!?」 外には既に警察と消防隊、そして特警が到着していた。彼らに尋ねたところ三人とも中に入ったそうだ。いるのは間違いない。 「ここ!ここだよっ、イエローっ!!」 程なく返事が返ってきた。慌てて声の聞こえた方に向かうと、リーブスーツ姿の輝が大きく手を振っていた。 三人揃っている。黒羽がリーブレスに向かって何事か会話している。赤星がこちらに気付き振り返った。 「来たな、イエロー。悠長にしていられる状況でもないんだが、とにかく情報が欲しいからブラックがベースと通信してる」 「怪人……!!見つかったワケ!?」 「それが……周りは特警のみんなが完全に包囲してるんだけど、そっちからも連絡ないし」 輝の声が沈んだものになる。 「そー言えば博士、怪人は目撃されてないって言ってたな〜……」 だとしたら見つかりにくい姿でもしているのだろうか……黄龍は舌打ちをしたい気分だった。 (瑠衣ちゃんとの約束、ぜってー守んなきゃ……!) 「俺様、とにかく探してみる!何にもしないよりいーぜ」 「待て!通信が終わった」 赤星はイエローを引き留め、黒羽に向き直る。見ると黒羽が通信を切ったところだった。 「全員揃ったな。建物の主素材の耐熱温度と炎の温度を照らし合わせて、この建物が完全に崩壊するまでだいたいの時間を割り出してもらった」 「タイムリミットは!?」 「約15分。長く見積もってだ」 「15分……!」 赤星が唸った。 「微妙な数字だな……」 「このビル、階数はそんなに無いけど一フロアがかなり広いよ!?探し出せたとしても仕留められる?」 突然、天井から笑い声が振ってきた。 「そう!15分。後15分なのネ」 甲高い、耳障りな笑い声は物が溶けていく中でもよく聞こえた。女の声だ。 「かくれんぼしましょうヨ!アタシが隠れる。アナタタチはオニ」 突然、天井から何かが振ってきた。べしゃ、という音を立て、それは着地する。 「……!?」 一瞬、誰もがその動きを止める。 それは体調50センチに満たない、炎の色をした蜥蜴だった。いや、蜥蜴といったら語弊がある。容姿としてはオオサンショウウオに近い。しかしディテールはかなり違った。べたべたとした感じの肌の質感はそのままなのだが、尾はかなり長く、脇に炎の鰭がある。ぎょろりとした真っ赤な目玉を剥き出し、彼女は笑った。顔の表情は豊かで、少々夢に見そうなコワさがある。 「お前が……!これをやったのか!?」 「アラ!見ればわかるでしょ、おバカさん!」 赤星の台詞に、小馬鹿にしたようにけらけら笑う。 「アナタタチアタシを倒したいんでしょ?だったら見つけてごらんなさいヨ!アタシこの建物のどこかにいるワ!」 「てめー……!!」 黄龍が思わず一歩進み出る。抜き放たれたリーブラスターを認めて、彼女はまたけたたましい笑い声を上げた。 「いいワ!撃ってごらんなさいヨ!無駄だってコト教えてアゲル!」 その言葉が終わらないうちに黄龍が発砲する。炎の立てる音に小さな音が重なった。火蜥蜴の身体に次々と穴が空く。しかし。 「……!?イエロー、まだだよっ!!」 輝の声と同時に、真っ赤な口がにいっ、と笑う。突然、その身体がまっぷたつに裂けた。 「な……!?」 思わず声を上げる黄龍。その目の前で、それはさらにひび割れた。そしてそのまま、欠片のそれぞれが元の姿を取り戻す。何百もの彼女が笑い立てた。何百もの笑い声がエコーのように場を満たす。 「ほうラ、無駄だった!」 それらは一度に、黄龍の両脇をあっという間にすり抜けて、蜘蛛の子を散らすように建物の隙間に滑り込んだ。おおよそその容姿にそぐわない素早さだった。 「オズリーブス!アナタタチを倒せばシェロプ様が誉めてくださる!アタシを見つけられずにコンクリートに押しつぶされて死んじゃえばいいワ!」 「ざけんなよ……!?」 「落ち着け、イエロー!」 黒羽が、かっとなって追いかけようとする黄龍の腕を掴み制止する。黄龍はその手を振り払った。 「離せよ!!」 「……どうしたの、イエロー……!今日、変だよ」 輝の不安げな声に、黄龍はようやく我に返った。気まずそうに応じる。 「別に……何でもねーよ」 「この状況で後手に回るっていうのはどう考えても不利だ……多少危険でもこちらから仕掛けていくしかない」 赤星の言い分はもっともだったが、だからといって簡単に見つかる相手ではない。それどころか、 「仮に見つけたとしたってまたああやって逃げられるのが落ちだぜ」 「……」 黒羽の台詞に赤星は沈黙する。問題は山積だった。 「時間がないぞ、レッド!」 「……!仕方ない、奴の隠れられそうな場所を優先的に探すしかない!ここが崩壊してしまったら発見するのは不可能に近くなる。奴は最初出てきた時は一つの身体だった……その時不意を突ければいいんだが」 四人とも勝算の低さにうんざりしたが、そうも言ってはいられない。 「ああ、もう……!怪人探知機でもあったらいいのにっ!」 「……!?」 輝の台詞に黄龍がぴくりと反応する。 「……レッド!確か博士、火事の写真、特警に撮らせたって言ってたよな!?」 「え?あ、ああ……だけど、それがどうかしたのか?」 「さっき、あいつが俺様の横通り抜けてく時、炎が通り抜けてくみたいだった!スーツ着けてんのに、それでも熱気を感じたんだ!多分……!!グリーン!マジで怪人探知、出来るかもよ!?」 俺様、特警んトコ行って来る!と言い残して、黄龍は部屋を飛び出した。赤星と黒羽は顔を見合わせはっとした。二人の声が見事に重なる。 『熱感知機!!』 「……?」 輝だけが目をぱちくりさせて、その様子を見つめた。 (1) (2) <3> (4) (戻る) |