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第17話 約 束
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彼女はじっと身を潜め、嵐が通り過ぎるのを待っていた。もっとも、嵐は自分がどこを通ればいいのか、全く知らない。彼女は勝利を確信した。 (アタシの勝ちネ!4人もいて情けないコト!) 2階の屋根と3階の床の隙間で彼女は笑った。無論、声は出さずに。 こんな、板と板の間の僅かな空間が彼女は好きだった。暗黒次元には敵わないけれど真っ暗で、とても居心地がいい。まして周囲には彼女の親愛なる炎達が踊り狂っている。これで建物が崩れ落ちてしまえばゲームセット。シェロプ様に感謝されるのはアタシ! その時、彼女は頭上に二つの足音を感じた。少しだけどきりとしたが、すぐに冷静さを取り戻す。わかるわけないワ、こんな広いフロアでこの一点を……。彼女はじっと待つ。嵐が通り過ぎるその時を。 しかし彼女にとって、その判断が命取りになった。 だんっ! 音がした。ふたつ。ひとつは踏み込む音。そしてもうひとつは、何かが何かを貫く音……。 貫かれているのが自分の胴体だと認識するまで、彼女は数瞬かかった。呆然と己を串刺しにしている刃を見上げる。突き刺された衝撃で床が崩れ、彼女は自分を刺し通している者の姿を見ることが出来た。 「みいつけた」 床に片膝を立て、長い刃の柄を握っている長身がそう言った。黄色いスーツが炎に照らされ紅く染まっていた。 「……ア……!?」 長い剣が、自分の心臓をまともに刺し貫いているのがわかって、彼女は驚愕した。 「探したぜ〜、おじょーさん?俺様達の勝ち。残念だったね」 「ナ……ンデ……」 呻く。ごぼごぼと音がして、彼女は溶岩のような血の塊を吐き出した。 「なんでわかったかって?聞きたい?」 黄龍はなおも話しかける。相手が瀕死の状態だろうが、血を吐いていようが、全く気にしていない。口調は淡々として穏やかだったが、その声には慈悲の欠片もなかった。 黄龍はゆっくりとリーブチャクラムを抜き放った。円を描いたエッジの部分を彼女の首筋に当てる。 「教えてやんねーよ。ばーか」 躊躇い無く刃を引く。ごとん、という音と共に、落ちた首から炎があがった。黄龍のリーブラスターは怪人のディメンジョン・ストーンを正確に貫いていた。 ごっ! 音を立てて、首に続いて身体からも炎が舞った。 「……死んだな」 黄龍と組んで行動していた赤星が呟いた。右手にゴーグル、左手に熱感知機。熱感知機は二台調達できたので、彼らは二人一組で行動していた。赤星は未だゴーグルを覗き続けていたが、怪人の炎が通常の炎に変わったのを見てやっと手にした熱感知機を下ろした。リーブレスで、怪人を倒した旨を階下のブラックとグリーンに伝える。短い通信の後、赤星は黄龍に笑いかけた。 「よくディメンジョン・ストーンの位置がわかったな」 アセロポッドの額や怪人の体内にあるこの不思議な石をスパイダルの幹部はそう呼んでいた。 「こいつが分裂する時、身体の中心の一点だけが妙に分裂するの遅かったんだよ。だからそこじゃないかって思ってさ」 「よく見てるな」 それきり口をつぐむ。黄龍が怪訝に思ってその顔を覗き込んだ。もっともその表情はマスクの下なのでわからないが。 「レッド?どーしたわけ〜?」 「俺、これからはあんまりお前のこと怒らせないようにする……」 「……そりゃ、俺様キレ易い方かもしんねーけどさ〜。その台詞はねーんじゃねーの?」 「いや!お前がマジギレしたら絶対、人の一人や二人死ぬ!」 妙に力を込めて断言され、黄龍はちょっと傷ついた顔をした。やはりマスクの下なのでわからないが。 「……でもさ〜」 突然、黄龍の口調がいつか聞いたものになったような気がした。 「瑠衣ちゃんの両親だって、こういう中で死んだんだろ?」 「……!?」 「俺様的には許せないね」 赤星は唖然とした。 「お前……」 赤星の脳裏に、燃えるOZに飛び込んでいった時に見た光景がフラッシュ・バックする。思わず物思いに耽りそうになった赤星の腕を黄龍が引いた。 「行こうぜ、レッド!ブラックとグリーンが待ってるぜ」 「……ああ」 (ちょっとは丸くなってきたかと思ったが……) 赤星は黄龍の後に付いて階段を駆け下りながら思った。 (蒼い炎は健在、か) ただ、赤星は以前のように、そんな黄龍を見ても思ったより自分に動揺が起こらなかったのを感じていた。 変わり始めてるな、こいつ……。そう思った。いや、黄龍だけではない。輝も、瑠衣も、このオズリーブスという仕事に関わり、変わり始めている。赤星は知らず知らず微笑んでいた。瑠衣が無事合格したら、たまには俺のおごりでどこかへ行こうか……。 今や本格的にチームの『父親』となり始めている赤星であった。 「離れて!ここから離れて、みんなーっ!!」 輝が窓の外に手を振っている。 「来たか!」 「えっ!?来たのっ!?」 黒羽の声に、輝がぱっとこちらを振り向いた。黒羽も輝も、一階の階段の下にいた。自分達を待っていたらしい。 「いつ崩れるかもわかんないんだ……外に出て待ってりゃいいのに」 呆れた声で言う赤星。 「ミドがここで待つって言って、どうしても聞かないんでな」 「よく言うぜ」 赤星は苦笑した。黒羽だって、たとえ一人だったとしても自分達が出てくるまでここで待っていただろう。 信じているから迎えにゆかず、待つ。心配だから中で待つ。この『階段の下』という場所が二人の心境を物語っていた。 「早く出よっ!ここ、もう駄目だって」 言いながら、輝が右手に黒羽の手を、左手に赤星の手をとってぐいぐいと引っ張る。四人はそれきり振り返らずに、外へ出た。 崩壊が始まったのはその数分後だった。 二月の空気は真昼といえど寒い。 瑠衣を迎えに行くため、バイクの暖気運転をしている最中、黄龍は赤星に声をかけられた。 「……黄龍」 「何?」 「瑠衣と何か話したのか?」 「……別に」 吐く息が白い。 「瑠衣、どうだった?」 「何で迎えに行く前そーいうこと聞くわけ?」 「うーん……何でだろうな」 「……」 (赤星さんって、怖いなー……) 黄龍は思った。僅かな時間の自分との会話を通して、感覚だけでここまで勘付いてしまう。 「俺、瑠衣には闘って欲しくなかったんだけどな。仇なんて討ったって虚しいだけだ。あの子が闘う道に入って、自分を見失ってくのが怖いんだよ。私怨があるとどうしてもそうなっちまう」 「……何で俺様にそんなこと話すわけ。瑠衣ちゃんに直接言いなよ」 「それもそうか」 「……」 黄龍は少し考え込んだが、やがて言った。 「だいじょーぶなんじゃねーの?人間には本質ってやつ、あるじゃん。瑠衣ちゃん、本質的にはだいぶ赤星さんに近いと思うよ?」 「俺に?」 黄龍は頷く。赤星は驚いた。瑠衣が自分に近いと言われたこと自体もそうだが、それ以上に黄龍が妙に実感のこもった言い方をしたからだ。 「だからだいじょーぶ。心配要らねーよ。瑠衣ちゃんは俺様とは違う……」 自分に言い聞かせるような口調だった。 「じゃ、行って来るわ!凱旋を待ちなよ」 「凱旋……まだ試験日だぞ?気が早いんじゃないか?」 「瑠衣ちゃん、ぜってー受かるって!俺様にはわかんの。じゃーなっ!」 飛び出していくバイクを、赤星は苦笑しながら見送った。 「……あの急発進する癖。直させた方がいいんじゃないか?赤星」 「いたのか、黒羽……」 振り向いて微笑む。車庫の隅の暗がりでよく見えなかったが、彼が動いた途端スカーフの赤い色が目立った。帽子を目深に被り直し、黒羽は赤星に近づいていった。 「意外に驚かねえんだな、旦那」 「別に聞かれて困ること話してたわけでもないしな。もっとも、黄龍の方はどうか知らないけどな?」 「わかってるから今までなり潜めてたんだろうが。ずかずか入ってきた時には驚いたぜ。いつもと何となく違う顔してたんでな、声を掛けなかったんだが」 この黒羽という男は、マイペースのようでいて実は他人に随分気を遣っている。身内にさえ、少々礼儀正しいほどだ。 ここは表の、『森の小路』にある普通の車庫である。だからといって黒羽は乗り物を差別するような男ではなかった。『森の小路』を含め、オズベースの全ての自動車、バイク、自転車、あるいはオズブルーン、その他諸々の乗り物達の健康と安全を預かっているのが黒羽であった。現に、さっきまで黒羽がいた場所の自動車には汚れ一つない。 (使ってない車なのに) 赤星は思ったが口には出さなかった。本人がしたくてやっているのだからそれでいいのだろう。多分。 「赤星。お前、瑛ちゃんに甘いんじゃないか?」 「そーいうおまえが厳しすぎるんだよ、黒羽」 「ありゃ、ガキだ。図体だけはでかいが何もわかっちゃいねえ」 「そうか? ああ見えて随分考えてると思うぞ、俺は」 こんな議論は以前充分やっていたので、それ以上は続かなかった。ちなみにその時の結論は平行線だった。恐らく、今再戦しても平行線だろう。 「まあ、いいか。お互いのやり方でやりゃあいい」 「そうだな」 沈黙が流れる。赤星がひとつ、伸びをした。 「瑠衣ちゃんを待つか。コーヒーでも入れてさ」 「そうだな……」 二人は少し笑いあうと、揃って『森の小路』に入っていった。 『森の小路』にさざめく笑い声が起こったのは、それから数週間後のことだった。 ===***===エンディング===***=== (1) (2) (3) <4> (戻る) |