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第27話 鋼の守護神
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「てめーは何をしてたんだ!!」 スプリガンの怒号が響いた。左腕はメンテナンスの最中だ。だからスプリガンは右腕だけでシェロプの胸ぐらに掴みかかった。 「司令官がやられたなんぞ、オレは信じねえっ!」 スプリガンとシェロプを見比べるゴリアントの赤い目も驚きでまん丸に見開かれている。 「スプリガン。シェロプの言っていることは事実なんだ。私が三次元に行った時は‥‥遅くて‥‥」 無言で項垂れたままのシェロプを取りなすように沈痛な声が割って入った。スプリガンはそのよく通る声の持ち主を睨め付けた。 金髪碧眼のこの男‥‥。ファントマという。 暗黒次元に戻る直前、ブラックインパルスの手助けをしている貴族がいるとシェロプから聞いた。貴族階級の中にも、かつての四天王のように素直にブラックインパルスを買っている者がいることは知っていたから、そのうちの一人なのだと思った。元々貴族連中と語ることが大の苦手であった機甲将軍にとって、上司のそういった交友関係は興味の範疇ではなかったのだ。 そしてブラックインパルスのラボで待っていたのがこの男だった。高位の貴族だから言葉に気をつけろとシェロプがさんざん心配していたが、ファントマは想像よりずっと若く見えた。まあ自分の身体を若く作りかえる貴族がいてもおかしくはないから、実際の処はわからなかったが‥‥。 一応礼儀にのっとって頭を下げたスプリガンを押しとどめると、ファントマは明るいブルーの瞳を輝かせ、自分はブラックインパルスを尊敬しているのだと言った。だから自分の財力と人材を彼のために使いたいのだと。 きちんと現場に降りてきて、なのに居丈高に科学者連中を追い詰めるでもない。貴族にしてはまあまあだった。ディメンジョンクラッカーを安定させるため、スプリガンとファントマは十分に協力したと言っていい。やっと出力を安定させたのに、一度ルートが完全に途絶えた時は驚いた。だが、ファントマの科学陣が行った増幅装置の改良が功を奏したのか、それとも3次元で再び空間の歪みが生じたのか、大きな次元回廊が開いた。 驚いたことにファントマは自分が三次元に行きたいと言い出し、メンテナンスが後回しになっていたスプリガンはそれを了解した。あのバイオアーマーを纏った黒騎士相手にオズリーブスが勝てるとは思えない。この若造が行こうが自分が行こうが、もともと「手助け」など不要だとスプリガンは考えていた。ファントマが3次元に向かった直後に次元回廊は再び不安定になって閉ざされてしまったが、それでもスプリガンはまったく危機感を感じていなかったのである。 それが、いったい、なぜ、こんなことに‥‥。 スプリガンは突き飛ばすようにシェロプの軍服から手を放すと金髪の青年に向き直った。半分困惑し半分挑み掛かるようなレンズの反射を、ファントマは正面から受け止めた。 「シェロプは自分が出ると言った。でも参謀は次元回廊を優先せよと命令したそうだ。そのおかげで、どんな歪みを与えれば次元の壁が打ち破れるのかはわかったんだ。ブラックインパルス殿は自らの命をかけて、次元回廊を我々に残して下さった‥‥」 ファントマは黒い軍帽を持った右手でマントを軽く後ろにのけた。 「三次元で作っていたディメンジョン・クラッカーはオズリーブスに破壊されたけど新しいモノを用意させてる。次元回廊をきっとすぐに私たちの自由になる」 「司令官を殺ったのはオズリーブスか。本当にあのガキどもなのか?」 詰め寄る青灰色のボディに、色白の上品な顔がこっくりと頷いた。 「そうだ。だけどこっちもリーブロボを壊滅してやった。奴らの首は確認できなかったけど連中にも相当のダメージを与えられたと思う」 ファントマはゴリアントとスプリガンの顔を等分に見やった。 「巨大化したスピンドル・ゴルリンの働きだよ」 ゴリアントの頬が葛藤に引き攣った。ゴルリンの成功は喜ばしい。だが自分が、ひいてはモンスター軍団がこのスパイダル帝国の中でここまでの場を与えられたのは、ブラックインパルスの取り立てがあったからで‥‥。 ゴリアントはちらりとスプリガンを見やった。鋼鉄の将軍は俯き加減で、左肩の腕の接続部の部品をかちかちとまさぐっている。およそらしくない無意識の行動のようだ。四天王最古参の動揺を見てとったゴリアントは、逆に自分がすとんと落ち着くのがわかった。 生きるものは老いる。どんなに強いヤツだっていつかは老いる。そうしたら、のたれ死ぬか、"喰われる"。それが道理ってモンだ。黒騎士サマにはもう少しだけ頑張っていて欲しかったところだが、こうなったら直接にスパイダル皇帝に軍団の力を見せつけるだけだ。あのカンに触る妙な声の持ち主が、かなりの事柄を直接に「観て」いることは確かなようだ。 ゴリアントは他の人間にわからないようにすっと大きく息を吸った。そして、ブラックインパルスの訃報がもたらされてから初めてになる言葉を吐き出した。 「で? 三次元をもらうってことには変わりはねーんだろ? 今度はオレっちの番だからな!」 スプリガンとシェロプが面を上げて怪物めいた牙将軍の顔を見やる。ゴリアントはかまわずに続けた。 「軍団のヤツだけ作ってサッサと出たかったってのに、てめーやら小娘の持ち駒なんぞ復活すんのに手間かけさせられるわ、チップはトラブルわ‥‥。とにかく! 言われた分のゴルリンは作ったんだ。もうラボに入り浸ってんのはコリゴリだぜぇ!」 シェロプが呆れたように一歩踏み出した。 「だから貴様はバカだと言うんだ。司令官亡き今、同じように作戦が進むと思っているのか?まずは、司令官の代理を決めなければ‥‥」 ゴリアントは突き出た鼻面をぴんと弾き、ぎらりとシェロプを睨め付ける。 「シェロプよぉ。いきなりオレっちが司令官になるってのがムリなのは解ってる。だが、オレはてめーの指図も、そこにいるメカダンナの指図も受けねぇ。となりゃ司令官の後釜なんぞ、オレにはなんの意味もねえ。そーだろ?」 節くれ立った両腕を伸ばすと、ゴリアントは途中から闇に溶けているような高い天井を振り仰いで叫んだ。 「ぜんぶ見てんでしょうが、皇帝陛下!」 「お、おいっ ゴリア‥‥!」 慌てふためいたシェロプがゴリアントを止めようとする。ファントマの白いマントがさりげなくそれを遮った。スプリガンも身体ごと向き直り、喚くゴリアントを見つめている。 「参謀がいねえとなりゃ、オレはあんたに聞くっきゃねえでしょう? ゴルリンはもう4体、完璧になってがす! うち2体を引き連れて出撃する許可を!」 「いいでしょう。頼みます、ゴリアント」 いつものような頭の中に直接響いてくるような音ではなかった。それはすぐ傍、同じ部屋の中から聞こえてきた。シェロプとスプリガン、そして呼ばわった当のゴリアントすら驚いて声の方角を見た。中央司令室の中空に"それ"は現れた。 「ブラックインパルスのことは‥‥本当に残念です。あのような人物はそうは現れないでしょう。けれども悲しんでいるだけでは、あれも浮かばれまい。その死を無駄にしてはなりません」 それは淡い虹色のゆらぎだった。身をよじるように小刻みに形を変えていたが、それが次第に紡錘形に収まっていく。 「ゴリアント。常に目的を見定めるその在り方、あっぱれです。次元回廊が閉じぬうちに、出撃しておくれ」 誰よりも先に声をかけられたことに一瞬固まったゴリアントだが、すぐにその口がにいっと得意げに吊り上がった 「へいっ!」 「スプリガン、そしてシェロプ。ブラックインパルスの遺志を継ぎ、ファントマに協力してディメンジョン・クラッカーの完成に注力して欲しい」 「はっ」 シェロプが踵をかちりと鳴らして揃え、右手を胸に当てて深く敬礼する。スプリガンは無言のまま、それでも姿勢を正して一礼した。ゆらぎはビロードのような艶やかで柔らかい声で語り続ける。 「そしてファントマ。お前に3次元侵攻の司令官を命ずる」 「なっ‥‥!?」 スプリガンとゴリアントの驚いたような声が重なる。ファントマのよく通る声が、それを遮った。 「お待ち下さい、皇帝陛下! そのお役目、このファントマには荷が勝ちすぎます。参謀の跡を継ぐなど、このわたくしめには‥‥!」 ファントマの青い目は丸く見開かれ、白い手袋をはめた手はぎゅっと握りしめられている。それはそうだろうとスプリガンは思った。この貴族にどのくらいの"経験"があるのか知らないが、黒騎士の後継など自分だとてやりたくない。一方ファントマの少し後ろにいるシェロプは、顔を背けるようにしている。もし司令官の後釜を狙っていたのだとすれば、ざまあみろだ。 そうしてまた皇帝の姿に視線を戻すと、虹色のゆらぎは宙でぴたりと動きを止めていた。それは見ている者に、時間が凍りついたかのような妙な畏怖と息苦しさをもたらした。 「お黙り、ファントマ。誰もあれの跡など継げぬ。それでも誰かが担わねばならぬこと。お前がやるのです。返答は無用よ」 その言葉を残し、スパイダル皇帝の、知りうる限りでの最も明確な実体形は、ふつりと消えた。 しばしの沈黙が流れた。ゴリアントが端から見てわかるほどに大きく息を吐いた。固まってしまった筋肉をほぐすように、少し腕を回した。 「‥‥で、その‥‥。オレっちは出ていいってこと‥‥ですかい?」 きょろついた赤い目が自分に向けられていることに気づいたファントマは、少し慌てたふうに軍帽をかぶり、姿勢を正してゴリアントを見つめた。 「牙将軍。頼みます。準備が整ったらまたここに」 「へい!」 ゴリアントはかりかりと爪音を残して足早に中央司令室を出ていく。ファントマはスプリガンに視線を移した。 「機甲将軍。あなたはまず身体のメンテナンスを終わらせて欲しい。終わり次第、ブラックインパルス殿のラボで会いましょう」 スプリガンは無言のまま頭を軽く下げると扉に向かう。だが数歩進んですぐにまた向き直り、オイル切れでも起こしたような軋む声で言った。 「あー。‥‥司、令官‥‥‥」 「なにか?」 「‥‥アラクネーは‥‥。夢織将軍は、どうしたね?」 ファントマは再び黒い軍帽を取り、色白の顔を伏せた。 「‥‥彼女は冷静さを失って‥‥戦いに飛び込んでいった‥‥。たぶん‥‥もう‥‥」 「‥‥‥そう‥‥か‥‥」 スプリガンは今度は驚かなかった。何か予感があった。初めてアラクネーと会ったときの事を思い出した。軍属に入ったばかりの彼女は、異形のロボット将軍に紹介される間中、畏れ多くも参謀閣下のマントの端をしっかりと握りしめていたのだ‥‥。 彼女の瞳は、いつもいつもいつも、ブラックインパルスだけを追っていた。追って、追って‥‥。とうとう最期まで追っていってしまったのだ‥‥。 少女の死体がここにある訳でもないのに、金属の右腕が急にすっと重くなった気がした。命が抜け出ると人の身体が重くなると知ったのはあの時だ。ボディの内側からふわりと血と香水の香りが立ち上ってくる気がして、スプリガンは戸惑った。 自分にとって大切なことは強さだ。生き抜いて勝ち抜いていく強さだった。憧れの超戦士も、多少整った顔立ちはしていても愛想の無いあの少女も、死んでしまったらそれで終わりだ。自分にとってはなんの意味もない‥‥。意味はない‥‥はずだ‥‥。 「は‥‥。死んだら‥‥なんも、ならんぜ‥‥」 スプリガンは何かを振り払うようにそう呟くと、がしょり、といつもの足音を立てて部屋を出て行った。 沈黙を守っていたシェロプは青灰色の背中を見送り、ややけだるげな金属音が遠ざかるのをじっと待っていた。そしてとびきりの笑顔で新しい上司に向き直ったところで、祝福の言葉はびくりと固まった。 ファントマは白いマントにすっぽりと包まれて、俯いて立ちつくしていた。その胸にあてがわれた軍帽がゆるゆると顔の前まであがると、いきなりその肩が小刻みに震え出したのだ。 「あ‥‥あの‥‥。司令官‥‥。ファントマ参謀‥‥?」 シェロプはファントマに少し近づいた。 と、くっくっという忍び笑いが聞こえてきた。高位の貴族が、今の自分にとっての最重要課題は笑い声をこらえることなのだと言いたげに、黒い軍帽に顔を埋めている。シェロプは近寄った分の倍も後ろに下がってしまった。 そのうちファントマが顔を上げた。金髪をすっと掻き上げると、かすかに紅潮した頬を軍帽でぱたぱたと仰いで、シェロプと見やった。 「いやぁ、悪かったねぇ。みんなあんまり可愛らしいんで、こっちもついその気になっちゃって」 そこには、ブラックインパルスを尊敬しその死を悼み、あげくの果てにいきなり司令官に任命されて戸惑う若い貴族の姿なぞ、欠片もなかった。 「なかなか良かったろう、私の芝居? 二人ともこれからも頑張ってくれそうじゃないか?」 「は‥‥はい‥‥。お見事‥‥でした。司令官就任‥‥おめでとう‥‥」 「いやだな。やめてくれ。べつに与えられた地位じゃあるまいし。なるべくしてなっただけさ」 今やスパイダルの唯一無二の参謀となった男は、軍帽をかぶると大きくばさりとマントを払いのけた。瞬間、マントが伸び広がったのかと錯覚するほど白い色が目に痛かった。 ファントマは中央作戦室を出て行きかけたが、ふと立ち止まって肩越しにシェロプを振り返った。 「ああ、シェロプ。ゴリアントが出たあと、キミももう一度、あっちに行ってくれるね。このままアラクネーが"行方不明"のままというのも気にくわない」 ファントマはくるりと踵だけで向き直ると薄く笑った。そこにはスパイダルの偉大なる黒騎士を生きながらに化け物の餌にした酷薄さが浮かんでいる‥‥。 「安心おし。あの子の後任はもう決まってる。三人きりの四天王なんて、カッコつかないもの」 「は‥‥」 魔神将軍が伏せた顔を上げた時、部屋にはもう誰もいなかった。 掌にうっすらと汗が浮いていたことに、シェロプは初めて気づいた。 2003/8/11
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