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第34話 トリガー・ラブ
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「亜由美ちゃん、聞いていい?」 「なあに?」 「もしかして、柿沢君に…」 「うん。とうとうコクハクしちゃったvv」 「やっぱりー!」 歓声のような少女特有の高い声が響く。 ビルの狭間のちょっとした広場。背の高い煉瓦造りの植え込みで区切られた区画にベンチとテーブルのセットが配置されている。初夏の日差しの中、ドリンクやアイスクリーム等色々なスタンドが出ていて、いつも多くの人で賑わっていた。 松風高校1年1組の小倉亜由美と2組の桜木瑠衣、千葉メイの3人も、放課後のひとときをお気に入りのクレープをぱくつきながら楽しんでいた。 「今度ね、ディズニーランドに行くんだ」 メイに突っ込まれて頬を染めた亜由美は、それでも聞かれてもいないことまで話し出す。 「いいなー」 メイと瑠衣の声がイントネーションまでぴったり揃った。羨望の交じった祝福の決まり文句だ。 「柿沢君って二人の時どんな感じなの?」 「思ってよりマメでびっくりした」 「そうなんだぁ」 「そんなことより、瑠衣さぁ」 いきなり亜由美が瑠衣の方に乗り出した。 「うちのクラスの北島、何か言ってこなかった?」 「北島君って……サッカー部の?」 「そうそう」 「別になんにも‥‥。なんで?」 「あ。うん。なんかあいつ、瑠衣ちゃんのこと好きみたい」 「えっ?」 一瞬固まった瑠衣は興味津々で自分を見つめてくる亜由美とメイに向かってばたばたと手を振った。 「だめだよ。そんなこと言われても、困るよ」 「あー、好きな人、もういるんだ」 「そ、そんなんじゃなくて、今そういうこと考えてる余裕無いっていうか……」 「あたしは、瑠衣ちゃんは好きな人いると思ってたけどな」 いたずらっぽく口を挟んだメイに瑠衣は目を丸くした。メイはくすりと笑って続ける。 「瑠衣ちゃんって男子に優しいから。ぶってるとかじゃなくて……なんかこうお母さんみたいな感じで」 瑠衣がきょとんとした顔をする。 「あたしが?」 「あ、分かる気がする。うんうん。瑠衣ってば確かに優しい」 「ちょっと、亜由美ちゃんまで何言ってんの? そんなの気のせいだよ。あたし、どっちかって言ったら、ワガママだし甘えん坊だし‥‥」 「確かにマイペースなトコはあるかも。でもわがままとは違うかな」 「瑠衣、諦めて白状しちゃえ!」 「もう二人とも〜〜。‥‥だって、まだ好き、なのか、よくわかんないんだも‥‥」 瑠衣がそういいかけた時、植え込みの向こう側から声が聞こえてきた。 「何バカなこと言ってんのよ、アキ」 叱責の響きが入ると小さな声でも妙に目立つ。少女たちは植え込みで区切られた隣の二人連れの声を初めて認識した。花期の終わったサツキ越しに背中が見えるのが派手めの服の大柄なおばさん、向かいはやや中性的だが、えらい美人。少なくとも席についた時はそう思ったのだが‥‥。 「そう言って、あんた、自分に言い訳してるの気づいてる?」 その声はどう聞いても男性のそれだった。瑠衣もメイも亜由美も世の中にそういう人がいるのは知っていても、まだ会ったことは無い。 「あたしは今のお店が好きなのよ。確かにバリーレイのショーのレベルはすごいし、憧れだけど…」 「だったら行ってみなさいよ。せっかくスカウトされたのよ」 「だってナエさん。あたしが抜けたらお店のショーは? マリだってまだ自信無いって言ってたし…。」 「あんたが居なくなれば今度はマリが伸びるわ。置かれた立場が人を強く、大きくするの。アキ、あんたはどこかで怖がってるだけ。自分よりレベルの高い人間がたくさん居るところに飛び込むことにね。行きなさい、アキ。頑張って、どうしてもだめだったら、その時は帰ってくればいいわ」 少女達は思わず黙り込み、隣の話に耳を澄ましてしまった。そのうちに"美人"が何か言い、"おばさん"が我が意を得たりと声を上げてハッピーエンドを迎え、二人が席を立って去って行った。 「び、びっくりしたぁ‥‥」 「だって、細い方の人とかむちゃきれいじゃなかった?」 「あたし、ちょっと感動したかも」 隣の二人の残していった存在感に、日頃ふざけて話題にする「男同士の恋」がたちまち陳腐なものと化す。飲み終えたドリンクの氷がからりと音をたててくずれた。 「そういや瑠衣、さっきの続きは?」 「え、あ、なんのこと?」 「もう。とぼけたってだめだよ」 「まだ好きかどうかわからないって言ってた」 「メイちゃん、そんなこと覚えて無くていい〜」 瑠衣がメイの腕をはっしと掴むと本気で揺さぶったので、亜由美が笑い出した。 「会いたいとか、一緒にいたいと思ったら、なんのかんの言って"好き"なんじゃない?」 「それはそうなんだけど‥‥」 瑠衣は小さな溜息をついた。 相手とはまがりなりにも一緒に"住んで"いるのだ。仕事で出ることはあっても「会いたい」とか考える前に帰ってくる。一緒におしゃべりしていれば楽しい。それより何より命を預け合う瞬間がある。それは決して楽しいという類のものではないが、相手と殆ど一体化しているかのような不思議な感覚がある。究極の信頼感‥‥。だがそれは他の3人とも同じだ。 彼――黄龍瑛那――と他の3人で違う事ってなんだろう。彼が一番、自分をわかってくれそうな気がする。気がするけど確認した訳じゃない。あとは‥‥? 「あーあ‥‥」 瑠衣はどさっと背もたれに上半身を預けた。ふと視界の隅に鮮やかなピンク色が入ってきた。振り返り、植え込みの中をのぞき込む。さっきインパクトのある二人が座っていた場所‥‥。 花壇の縁にローズピンクの大きな手帳が置き去りになっていた。 ===***=== 瑠衣は森の小路最寄りの小さな駅のいつもと反対側に降りると、裏道に入り、教えられた「藍」という喫茶店に入った。小さな小さな店で、カウンターに椅子が4つ、壁側に2人がけの小さなテーブルが2つ。明かり取りのはめ込み窓がドアの脇の床近くにあるだけだが、床も壁もテーブルもカウンターも全てがアイボリーで、不思議な明るさが店内に広がっていた。 たまたまお客は誰もいなかった。小柄できりりとした感じの中年の女性が、カウンターから「いらっしゃいませ」と笑顔をくれる。 「あら、もしかしてナエちゃんの手帳を拾って下さった方? 連絡もらってるわ」 「あ‥‥。はい」 忘れ物の手帳を見たら携帯の番号が書いてあり、持ち主であるナエとここで待ち合わせることになったのだった。店のマスターのこの女性はナエの知り合いなのだと言う。 「どうもありがとう。どうぞ座って。お好きなもの注文してね」 だが瑠衣が椅子に座るか座らないかで、待ち人は入ってきた。 「こんにちは、光江姉さん」 瑠衣はついついその人物をじっと見つめてしまった。身体のラインがよくでるスリムパンツに、ラメ入りの紫のふわりとしたトップ、大きなバロックパールのイヤリングとペンダント‥‥。香水の香りが少し強いくらいだ。だがキレイに化粧された顔の輪郭はごつく、首や肩は驚くほど太い。 「あなたが桜木さんねv」 "彼女"が瑠衣に近寄りながら華やかな笑顔を浮かべる。瑠衣は自分を恥じるようにちょっと頬を赤らめると、すぐ立ち上がって一礼し、テーブルに置いてあった手帳をとりあげた。 「これですよね」 「あーん、助かったわぁ! ホントにありがとうvv」 ナエは手帳ごと瑠衣の手をぎゅっと掴んでそう言った。艶やかなルージュの唇が大きく派手に動く。確かに強烈な印象だが、眼差しにはなんの衒いも装いも無い。どこか無邪気な子供のようで、瑠衣は思わず微笑んでしまった。 「とにかく座って座って。なんでもごちそうするわ‥‥って言っても、あんまり無いんだけどね」 「ナエちゃん、それは無いんじゃない?」 カウンターから光江が笑う。瑠衣は慌てて断りに入った。 「あ、どうぞおかまいなく。さっき公園でクレープ食べちゃって、お腹一杯なんです」 ナエは大きな指輪の光る手をそっと合わせた。 「じゃあ、あれがいいわ。お姉さん、お抹茶2つ。‥‥やーね。お手前なんかいらないのよ。飲んで美味しければいいの。お抹茶ってビタミン一杯で美容にもいいのよ」 瑠衣は苦笑してまた椅子に腰を下ろしたが、ナエの次の言葉に目を丸くした。 「瑠衣ちゃんって呼んでもいいかしら?」 「あ。あたしの名前‥‥」 「さっき公園でお友達がそう呼んでたから」 「あたしたちが話してたの、覚えてるんですか?」 「アタシ、人の声を聞き分けるのがすっごく得意なのよね」 それはもしかすると彼女の世界ではすごく重要なことなのかもしれなかった。 ナエがごそごそとバッグをかき回す。バッグは良い作りのブランドものらしく、ナエとの対比でよけい小振りに見えた。 「お礼にね、これ、受け取って下さらない?」 それは小さくて洒落たローズピンクの小瓶で、やはりピンクの帯状のビーズでストラップに仕立ててあった。 「あ、可愛い〜!!」 「ビーズが好きで、つい作りすぎちゃうのよ‥‥。あ、瓶の中、アタシが調合した香水が入ってるのよ」 「わあ、つけてみていいですか?」 「どうぞどうぞ」 瑠衣は袋からストラップを取り出して小瓶のふたを開けると、中の液体を手首につけてみた。トップノートは甘い花の香りだったが、上品な感じだった。 「あ、素敵。ちょっと大人っぽいvv」 「貴女ぐらいの女の子に一番似合うわ。ミドルノートでちょっと変わるわよ。楽しみにしてて」 「ホントに頂いちゃいます。ありがとうございます!」 瑠衣がそれを嬉しそうに鞄に入れるのを見ながら、ナエがそっと言った。 「さっき‥‥。まだ好きなのか、よくわからないって言ってたわよね」 「え‥‥」 「アキと同時に気になること言うから、つい、ね」 黙り込んでしまった瑠衣の前に漆器の盆がそっと置かれた。大きな茶器の中で鮮やかな緑がきめ細かく泡立っている。 「ごめんなさいね。この人、聖徳太子みたいな耳してる上に、えらくお節介なのよ」 干菓子と茶を運んできた光江が微笑んだ。 「でも、これがまたカンがいいっていうかなんていうか。女の私でも気づかないこと気づいてたりするから、ほんと、イヤになっちゃう」 瑠衣はほのかに暖かい茶器をそっと手で包んだ。 「‥‥あたし、確かにそう言いました。でもきっと、あれ、嘘だと思います」 瑠衣の言葉にナエが少し目を見開いた。瑠衣は視線を落としたままだ。 「たぶん好きなんだと思うんです。でも、このまま好きになっていくのが、ちょっと怖くて‥‥。今一緒にいる人達の中で、あの人が一番、あたしのことを解ってくれると思うのに、あの人のこと何にも知らないの。その人と同じ時期に知り合って、もっと沢山色んなこと話せてる人もいるのに‥‥。でもあたしも聞く勇気が無くて‥‥」 ナエガひゅーっと口笛を吹いた。 「まあ、アタシってばホントにおせっかいなこと聞いちゃったわね。ごめんなさい」 「え?」 「好きかどうかわからないってセリフ、逃げで使う人がけっこう多いから」 「逃げ?」 「だって、誰かを好きになるって、思いっきりストレスだもの。だーれも好きにならないで、自分だけで生きてた方がラクだったりすることもある。だから誰かを好きになった時も、その人とぶつかり合うことや、あとは具体的な生活とか、いろんなこと考えて、まだ好きかどうかわからないって、自分に言い聞かせておくのねェ。でもあなたは違ったわ」 瑠衣は目を丸くしてナエのいうことを聞いていた。ナエがふっと口元に手をやる。 「あらあら、またしゃべり過ぎたわ。こんなこと貴方みたいに若い人には早過ぎ」 「いいえ」 瑠衣はゆっくりと首を振ると、少し考えてから口を開いた。 「あの‥‥ナエさんは、人を好きになるって、どういうことだと思いますか?」 「それ、恋人って意味?」 「はい」 「ごたまぜかしらね、いろんな愛情の。それのバランス。プラス身体」 身体という言葉に瑠衣がちょっと顔を赤くする。ナエはくすっと笑って続けた。 「まあ突き詰めちゃえば恋なんて『とにかくアタシだけを見て!』ってことよね。でも友達同士みたいな時もあるし、一方的に甘えてすがりたい時もあるし、逆に子供みたいに無性に何かしてあげたいと思うこともあるし‥‥。どれか1個じゃダメなのよ。だからごたまぜ。でもみんなそれぞれバランスが違うから千差万別。こんな感じかしら」 「ごたまぜの色々かぁ‥‥。だーれにも教えてもらえないってことですね」 ナエがローズピンクのマニキュアの人差し指をぴんと立てた。 「そういうこと。百本の恋愛映画を見るより、千回の空想するよりたった1回の現実の恋の方がだんぜん素敵。恋はごたまぜ。でもだからこそ、全ての優しい気持ちの始まりなのよ」 「優しい気持ちの始まり‥‥。なんか‥‥わかる気がします‥‥」 瑠衣はどこか大人びた笑顔を浮かべると、そっと茶器を口元に運んだ。 丁寧に立てられた茶はすっきりしているのに柔らかく優しい味がした。 ===***=== セカンドとライトのちょうど真ん中にぐらいのところにその巨体は現れた。 紅白戦をやっていた高校球児たちが悲鳴をあげて逃げ惑う中、牙将軍ゴリアントは初夏の太陽のまぶしさに目をこすると、ふわ〜と大あくびをした。通称"スパイダル波"がキャッチできなかったのはゴリアントが三次元に潜んでいたからだ。 ゴリアントはややだるそうな動作で背負ってきたサンドバッグ型の物体を地面に下ろした。それは黄緑色でところどころに赤い斑点があるぶよぶよした"袋"で、不気味の一言につきた。 「やっとお試しまで漕ぎついたぜ、ったく」 ゴリアントはそうつぶやきながら、袋の上の部分をにゅっと押し広げた。 「ゴリアントっ!」 駆け込んできたオズリーブスの眼前で、ゴリアントの"袋"から4つの白い塊が吹き出した。ひゅんっと細長く変形しながら、逃げ遅れた球児達を目指して飛ぶ。 「危ない!」 両翼にいた黒羽と輝が近くにいた高校生を押しやり庇う。 「なにっ!?」 黒と緑のスーツの上半身に白い固まりがベタリとへばり付いたかと思うと、それが伸び広がる。大きなフィルム状に広がったその物質は、あっと言う間に二人の戦士と二人の高校生を完全にくるみ込んでしまった。 「ブラック!」 「グリーンっ」 3人の眼前を4つの塊がしゅんっと飛び、"袋"の中に吸い込まれた。 「ばかなっ」 「ぎっひっひ! こりゃー、思ってもみねぇエサが飛び込んできたぜ。さすがだぜ、ゴリアント様はよ!」 「何を‥‥。何をしやがった!」 赤星がゴリアントに向かって怒鳴る。 「ちょっくら人間のエネルギーをもらおうと思ってなぁ! てめーらのおかげでアセロポッドの生産が追いつかねえ」 「させるかよっ リーブラスターっ」 「ブレードモード!」 「マジカルスティック!」 だがゴリアントは4人を吸い込んだ"袋"を盾にして身構えた。 「当たると中の人間が死ぬぜぇ。どっこに収まってるか、オレっちにもわかんねえしなぁ!」 「このやろう‥‥」 「そう怒んじゃねーや。そんなサクっと死なれても困んだよ。しばらく生かしてじわじわギリギリまで絞りとってやっから安心し‥‥」 ゴリアントが得意そうにそう喚いた時、"袋"全体がぼわっと光った。 「あ、あり‥‥?」 "袋"がぶるぶると身を震わせると一瞬ぐにゃりと形を崩してから一回り膨らんだ。底部から6本ほどの足のような突起が生じて地面に立つ。てっぺんの開口部の周辺から太い鞭のような触手がやはり6本ゆらめき伸びた。 「なんだと!」 「怪人なの!?」 「おお、ネペンテス! もう成長しちまったか! オズリーブス喰ったが良かったみてーだぜ!」 ネペンテスと呼ばれた怪人が、大口を開けてあざ笑うゴリアントの前にぞわぞわと歩み出た。 「ネペンテス! 喰えるだけ喰ってこい!」 ゴリアントがそう言い捨てると、首に下げている瞬間移動装置をぐりっと回してその場から消えた。 ネペンテスの動きは鈍い。だが触手は伸び縮み自在の上、目にも止まらぬ速さで蠢いて3人に襲いかかってきた。ブレードで切り落とされた先端は本体に飛び戻り、新しい触手となってしまう。 「だめだ、距離を……」 言いかけた赤星が、瑠衣に巻き付きかけた触手を掴み取る。 「なっ!」 触手がさっきの白い固まり同様フィルム状になって赤星を包む。一瞬赤星の着装が解けたように見えた。 「レッド!!」 「おわ!」 赤星に駆け寄りかけた瑠衣は黄龍の叫びに気づいた。その長身も引き倒され、今やフィルムに包み込まれようとしている。 瑠衣は走った。黄龍に向かって。 がむしゃらにその白い膜をむしり取った。中から黄龍が瑠衣を突き放そうとしていたが、気づきもしなかった。再び蠢き始めた膜が今度は瑠衣のスーツの上を這い巡り始めた。 「きゃあっ」 何もしていないのに瑠衣の着装が解けた。リーブエネルギーが奪われていた。 瑠衣の手に黄龍のシャツの感触があった。それを握りしめ、その身体を引き寄せて、とにかく膜から逃れようと、瑠衣は必死にあがいた。 「‥‥ちゃん、おい、瑠衣ちゃん!」 黄龍に肩を揺さぶられて我に返った。 「え‥‥。あ、あれ‥‥?」 「わかんねえ‥‥。急に、離れていった‥‥」 見回すとそこには誰もいなかった。 あの白い膜も、怪人も。 そして赤星と黒羽と輝の姿も‥‥。 2005/12/8
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