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第8話 A Tender Soldier
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そこは決して自然が作り出した柔らかい闇ではなく、人が作った無機質な闇でもなかった。 人が恐怖を感じると、頭の中はきっとこんな闇が覆うのだろう。 黒より暗く空はかすみ何も見えない。 混沌として、かつ整然としている。 ここではひとが本能的に感じる恐怖を、いつも肌で感じる事ができる。 ここに住むの住人達はその感触が気持ちよい。 闇の泡に溶けるのが彼らにとっては快楽なのだ。 その闇を見下ろす天と地の間、3次元に一番近くて遠いところ。 何も見えない空を見上げる二つのレンズに、余計なものは何ひとつ映らない。 機甲将軍スプリガンは塔の舳先に、片足を引っかけるようにして座っていた。 よほどの物好きでなければだれもここには来やしない。 姿をみとめられるのがいちいち面倒なため、己の姿を隠すべく羽織ったそっけないマントがだらりと塔にからみつく。 膝を折る、指を鳴らす、首を少しばかりかしげる。 そんなどうでもいい動作に、うるさいくらいの機械音が鳴る。 もう慣れたが。 羽織るマントが自然とたなびく事はない。ここは風が吹くことはないのだ。 いつでも湿っぽいよどんだ空気が肌にまとわりつき、ひとが悪臭と感じるであろう空気が鼻を通る。 彼は触感と嗅覚は忘れてしまっている。かわりの装置が付いていることは付いているが、生身の体とはとうてい比べ物にはならない。 彼の体はそのパーツひとつひとつが自分の意思で簡単に取り外しがきく。 使い物にならなくなると新しい物と取り替える。 そうこうしていくうちに、いつの間にか本来の自分の体は、頭の脳味噌以外どこにもなくなってしまった。 しかし冷たい指先も、金属の肌も、ものを映す機能と破壊と殺戮のレンズも、血の代わりに流れるオイルも、彼にとっては歴戦の証としての数少ない誇りあるものなのだ。 「すぷり がん・・・?」 「なんだ?」 3次元にいるような、小さな小鳥が彼の肩に止まっていた。彼は微笑むような仕種をして、『彼女』を自分の人差し指と呼ばれていた部分に乗せる。 細くて折れそうな小鳥の体半分は醜い機械で覆われていた。彼女はもともと、ここにはいないかたちをした生き物なのだ。その姿でここで生きるためには多少の改造が必要だった。 彼女はスプリガンが戯れで作った暇つぶしの玩具に過ぎない。 最初から彼に話す言葉は制限されている。 しかし彼女は知らずに彼に話しかける。 さも無邪気に、可愛らしく、首をかしげて。 「ぶらっくいんぱるす サマガ 呼ンデイタワ・・・ イカナクテ イイノ?」 「もう、用事はすんでるぜ。便利なモンだ。」 スプリガンはマントをばさりと翻すと、自分の体と同じく鈍く青灰に光る色をしている簡易的な通信装置が出てきた。 「こういうときに、手先が器用だと得だな。」 「アラ すぷり がんノ オ手製ナノネ・・・ クスクス」 通信装置は彼が片手間で作ったものだったが、その割に使用頻度が高い物だった。 彼は群れる事は正直好まない。 1人でいる方がとても楽なのだ。 それは、他の3人、シェロプもゴリアントもアラクネーにも言える事なのだろうが。 あの3人と話しているときほど、打算と計算、駆け引きを考えていることはない。 お互い自分以外に敵意を持っているのを確信しつつ、言葉を交わす。 本心を出した時点で負けのカードを引かされることになる。 「そろそろ動かんとなア・・・。まさか爆撃だけで終わらせるわけじゃあねえ。」 「すぷり がん 楽シソウ・・・」 彼女は小さな体を揺らしてまたくすくす笑う。 少々の人工知能を持っている彼女は、スプリガンの意思とは無関係の言葉を時々口にする。彼女の笑いは、彼にとってはあの3人とのおしゃべりよりも幾分ラクだった。 自分で作った愛らしい彼女の動きは、今最も楽しい暇つぶしのはずだった。 「しかし、残党か・・・。ラクに制圧出来るに越したこたねえが・・・まあ、世の中刺激も必要さね。」 「ケド 研究所ガ ホカニモ アッタナンテ・・・ すぷり がんモ ワカラナカッタノ?」 「んん・・・・・・?」 スプリガンは先ほどと変わらず微笑んだまま、卵をつぶすようにぐしゃりと彼女を握りしめた。 機械と化した自分の手のひらが血でにじむ。 楽しい暇つぶしは、彼の感情のひだに触ったらしい。 それとも急に飽きてしまったのか。 機械音を鳴らしている彼は、蝶の羽をむしる子供がするような残酷遊戯を彼女の目の前で、彼女を使ってしてみせた。ぽたり、ぽたり、と自分の膝に彼女の血とオイルがしたたり落ちる。 彼女の羽根がはらはらと闇に落ちる。白い羽根は空を切り取ったかのようにシルエットを際だたせて遙か彼方に落ちてゆく。 「ギ・・・ すぷり が・・・」 「おしゃべりなヤツだな。自分で作っておいてナンだが・・・。ふふ。」 手のひらでバチっ、バチっ、と音が出る。 火花を散らした哀れな小鳥は少しばかり痙攣をすると、プシュウ、という音と共に動かなくなった。 すでに肉のかたまりとクズ鉄となった彼女の頭を、スプリガンは指先からナイフを飛び出させて何かをほじくり出す。ザクロのように割れた脳の中から小さな機械のかけらが出てきた。 彼は鮮血と肉を嫌がるように軽く振るとそのかけらは鈍く光る。 「コントロールチップ・・・。ナンのための機甲兵団だと思ってんだ?お互いの感情はナシにしようぜ、小鳥ちゃんよ。」 鈍く光るかけらを彼女の頭だった部分にずぶずぶと指で埋めこみなおすと、また力を加えた。指の間からにゅるりと流れる肉の感覚は、まだかろうじて感じる事が出来た。 彼女の最期の抵抗なのだろうか、肉が彼の指にまとわりつき、こびりつく。 「あー・・・手が腐るぜ。」 スプリガンは吐き捨てるように舌打ちし、汚い物を振り払うかのようにそれを空に散らせた。 「チップはもう少し開発が必要だな、こりゃ。」 左手に持ったままになっていた通信装置には、3次元の様子がいつの間にか映っていた。 BIからの命令により放った彼の偵察ロボットの体内から送られてくる映像だ。 アセロポッドと変わらないくらいの能力しかないはずなのだが、意外にもOZの残党の面々が苦戦しているのがわかる。 3体あったはずだが、一体しかこわされてない。 「フーム・・・。こいつら偵察ロボでこんなに苦戦しているのか?」 スプリガンは敵と言えるはずの者達を呆れと嘲笑を込めて、心配してみせた。 おいおい、なんだこりゃ・・・? 俺の退屈しのぎはどうなるんだ? 「期待外れになってもらいたくはないが・・・。」 スプリガンは右腕を肩と並行に宙にかざすと、腕の下の空間からマネキンのようなモノが躍り出た。 3次元で生きる者達とそっくりに作らせたつもりだ。姿は向こうの人間とさほど変わらない。 自分と同じく金属の肌。瞬きをすることはない瞳。焦点の曖昧な眼差しで見つめるこの人形は、コントロールチップがなくとも彼の入れたデータのみで動いてくれる。 彼は人形の額にかかる前髪を手ではらうと、そこにはディメンションストーンが光輝く。 指でちょいと小突くとそれが額から皮膚の下へ、肉の下へ、体内に吸収されていった。 完璧なロボットであるこの人形と自分の違いは、ただひとつ。 人形には固有の意思がない。 「3次元では、お前のような者はマリオネットというらしいな・・・。いちいち名前つけるのも面倒だが。・・・・・・マリオネ?」 「・・・・・・ハイ スプリガン様」 彼の呼んだ名が自分だと認識するまで少々時間がかかったらしい。 戦いの機能が突出しているため、それ以外の部分は極力抑えてある。 このあたりは仕方がないが、自分の意志ひとつで動いてくれる方が楽といえば楽だ。 「行ってくるがいい。お前は意思が自由にきかないが・・・。」 スプリガンはマリオネの顔をのぞき込むようにして見つめる。 瞳がほとんどない人形の目に、自分の姿が写りこむ。 「強い。とってもな。」 「おまかせください 必ずやご期待に応えてみせます・・・」 マリオネはスプリガンがインプットした通りのセリフを口に出すと、ノイズのかかった映像のように、闇に溶けた。 「さーて・・・。たかだか偵察ロボで手こずっていたら、マリオネにはどうやったって勝てねえぜ、残党さん達よ。」 スプリガンは面白そうに青灰色の通信装置を見つめた。 スプリガンが下見として放ったロボットは、彼のようなヒューマンタイプのロボットではなく、4本足で動くほ乳類のような姿をしていた。 彼が先ほど潰した小鳥同様、見た目はまるでぬいぐるみのようだが、アセロポッドの倍の力は持っている。 林の中をすばしっこく逃げ回る姿は犬や猫とほとんどとかわらない。 「ね、ねえリーダーっ!これもいつものあいつらとおんなじなのかなっ?」 「わからん!!とにかく倒すんだ!ピンクがいない今お前が一番身軽だっ!」 「しっかりやれよ〜っ!」 「オッケイ、リーダーっ!イエローっ!」 後ろで銃声音がする。ブラックのリーブラスターが一体倒した証拠だ。 その音をスタートダッシュの合図にするかのように、グリーンはバネのように前へ飛び跳ねた。 「残り一匹、いっくよ〜っ!!」 身軽な彼の姿は、スーツの効果も相まって目で追えない。トンファーのいつも取っ手にしている短い部分を、生い茂る枝に引っかける。 ついでに自分の足もそれにまきつけながらサーカス団員さながらの身軽さで、敵との距離をどんどん縮めてゆく。 「そらそらそらそらそら〜っ!!」 「・・・あいつ、これやめても食っていけるぞ・・・。」 「ぶっ・・・あそこまで来るとサルだなありゃ。」 レッドとイエローのため息まじりの感嘆の言葉は、もはや軽業師と化した彼には聞こえない。枝の上で空中ブランコとバック転を繰り返したグリーンは、枝が途切れる瞬間に足でくるりととらえ、トンファーをいつもの通りに持ち直した。 そして頭から地面に急降下し、獲物の前の地面にトンファーを十字に突き立てた。周りながら地面に着地した彼は、ひるんだ様子を見せた偵察ロボの一瞬の動きを見逃さない。 手でそいつの体を力いっぱい掴んで、トンファーでトドメを刺そうと思っていたのだが、自分の感覚はそれを許してくれなかった。 「え・・・?あ。」 ロボットじゃないの・・・?あったかい。 ふわふわしてる、うちにいるミグみたい。 お互い超スピードで動いていたので、捕まえていざ姿をみるとあまりのギャップに正直グリーンは口を開けてしまった。 自分の飼いネコそっくりの偵察ロボは、毛を逆立て威嚇するところまで本物とよく似ている。変わった毛色と少々機械で覆われている以外はそのまんまだ。 「ね、ねえ・・・?キミ、ロボット・・・じゃないの?」 手を伸ばしたその瞬間、偵察ロボは待ってましたとばかりに彼に飛びかかってきた。 食らいつこうとするそのキバはビスが打たれ、銀色に光っている。思わず顔をかばって十字に組んだグリーンの腕に、ナイフ同然の鋭いキバが噛みつく。 「ま、まって、怖がらないでよ!ね・・・。」 ロボットは認識したプログラムの通り、目の前の障害物に歯を立てた。 腕の肉に少しキバがめりこんで敵意剥き出しの瞳が大きくなる。グリーンが顔を歪めた瞬間、目の前が茶色に染まった。 イエローのチャクラムがそいつの体をまっぷたつにして、そこから出たものでマスクが汚れたんだということに、気が付くまで時間がかかった。 「あ。」 体を引き裂かれたロボットは痛覚というものを持ち合わせていない。下半身を吹っ飛ばされてもグリーンの腕にしがみつこうとまたキバを立てる。彼は思わずその半身に触れようとして、イエローの怒声に妨げられた。 「グリーン!てめえ、何ボサっとしてんだよっ!!」 イエローはなぜか不可解な行動を取るグリーンの腕から、噛みついているネコの首を鷲掴みにして地面にたたきつける。 彼は不自然な形に体がひしゃげているネコの頭部に、リーブラスターの銃口を乱暴に押しあてた。 「え?イエロ・・・」 「これで最後だっ!」 グリーンの伸ばした腕はどこにも届かない。 後には当然とられるべき乾いた音が鳴る。 ズギュウンっ!! リーブラスターからは、普通の銃のように硝煙の煙が立つ事はない。それでもイエローは銃口からの煙をふっと飛ばすマネをして、満足そうに笑った。 地面にはロボの頭部が散らばり、飛び出たオイルでイエローとグリーンのスーツはだんだら模様が付いているように見える。 イエローは眉をしかめて(マスクをしているので他の連中には見えないが)、子供がイヤがるように両手を振ってみせた。 「ふしゅ〜っ・・・いっちょあがり。」 後からレッドが急ぎ足で駆けてくる。遙か後ろにブラックの姿も見える。こちらは余裕げに、ゆっくりゆっくり歩いている。片手をひらひらさせて、全部かたづけられたことに満足そうだ。 「おい、レッドお。スーツどーすんだよこれ?洗濯できんのか?クリーニングしてもらわねーと。オイルくさい正義の味方なんて、俺様ゴメンだぜ〜。」 イエローはくすくす笑いながら着装を解除した。長い髪をこれまた長めの指でかき上げて、頭を振る。 自分の服には当然だがオイルがかかってない。それをわかりつつホッとして、まだグリーンのまま呆けている輝を見た。 黄龍は怪訝そうな目でグリーンと、地面に突き刺さったままのトンファーと、バラバラになったロボットを順番に見ると、目線をグリーンに向けた。 「お前、何ぼさーっとしてたんだよっ、え?おい?早いうちにトドメささねーと死ぬかもしれなかったんだぜ。」 「・・・・・・。」 グリーンは答えない。無言のまま着装を解除すると、そこには丸い瞳がますます丸くなった輝の顔があった。白い肌が、不健康に青白い。 顔面蒼白なのは顔だけではない、噛まれた腕も死体のように青白く、その上に流れる血がやけにきれいに見えた。 「?あ、ホラ腕!!早く治療しねえとトンファー握れなくなっちまうぞ。」 黄龍は地面に座り込んでいる輝の腕を取ろうと、膝をついて手を伸ばした。 ロボットを押さえつける黄龍の手、こめかみにあててぶっ飛ばしたロボットの頭。 頭の中でサイレンが鳴っているかのように、ぐわんぐわんとその映像だけがまわり、輝は知らないうちに叫んでいた。 「わ・・・うあっ!」 差し伸べられた黄龍の腕を、輝は思い切り拳で横にはねのけてしまった。 まるで嫌がるように、拒むように、彼を見つめる。 恐ろしく冷たく、潤んでいるその瞳を見て黄龍は正直驚いた。 こんな嫌悪と怯えた顔をした輝は見たことがなかったから。 「・・・・・・おい。アキラ?お前・・・。」 「あ、ご、ごめん・・・えーな・・・。ごご、ごめんねっ・・・エイナ。」 口先では謝ってはいるが、多分、心の底からのセリフではない。どもっている口調、がたがたと震える唇。なによりその目で自分を見つめない。 自分を拒絶しているのが目に見えてわかった。 「あ・・・輝?」 着装を解除した赤星がそこで見た物は、ばらばらになった偵察ロボという名のネコ。 起こそうとした黄龍の手を思わず振り払い、彼を拒絶と恐怖の表情で見つめる輝と、何がなんだかわからない、といった表情の黄龍。 「・・・どうしたんだ?お前ら・・・。」 一歩遅れてきた黒羽は輝の表情を見た途端、険しい顔になった。 彼の拒絶と恐怖の表情。黄龍の手を力いっぱいふりほどいた彼の腕は、血が流れているが今はもうだれもかまってない。 赤星が自分に助けを請うように見ているのがわかると、彼は帽子を前に引き顔を下げた。 「坊や最大のウィークポイントが表面に出た・・・ってとこかな?」 「ウィークポイント・・・。」 2人は同時に顔を上げる。 「あれか?」 「あれだ。」 優しさは時に最大の武器となる。最強の原動力になる。 しかし、優しさは時に人を傷つける。それは恐ろしいことに、自分で気が付かないうちに。 そのせいで、自分自身もキズがついてしまうときだってあるのだ。 「早くも難関がでてきたな・・・。どうする?」 2002/1/11
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