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第8話 A Tender Soldier
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輝の実家には、ミグという名前のでっかいネコが一匹いる。 中途半端な毛足で薄茶色、金色の目をした女の子だ。 彼がまだ小学生だったころ、近くの寺に父親の仕事を見学に来ていたとき、拾ったのだった。 まだ小さな仔猫だというのに、毛足はぼろぼろ。鳴くことさえままならないくらい衰弱していて、それでも力を振り絞ってみゅうみゅう鳴いていた。 人を疑って生きるということをまだ知らない猫は、自分を見つけた輝に精一杯助けを求めている。 輝が見つけた時にはすでに時遅し、3匹いたけどもう2匹は寄り添うようにして冷たくなっていた。 「ねえ、おとうさん・・・?」 助けを請うネコの代わりに、輝が父に助けを請う。 反対されたってどうにかして連れて帰るつもりだったけど、大好きな父親がこの提案に反対することは、多分なかったんだと思う。 「住職にお墓を作る許可をもらってこい。そいつは蛍んとこに連れて帰ろう。」 「うん、わかった!」 行きは父親と手をつないでいたけど、帰りはその子を両手で大切に抱っこしてた。 小さな手のひらに、これまた小さな赤ちゃん猫。頬を寄せるとふわふわしている。 まるでぬいぐるみみたい。 けど、ぬいぐるみと違うのはこの子には体温があるってこと。 暖かくて、柔らかな毛の感触は昨日の事みたいに思い出せる。 「おかあさん、あらるぎーとかなかったっけ?」 「アレルギーだっ。大丈夫、蛍はそんなモン持ってない。」 「ひなたは?」 「平気だろう?それに、ここに捨てていったままで家帰ったら、蛍はきっとオレ達を家に入れてくれねえだろうな。」 「そうだねっ。」 彼女を拾って育ててくれる事を許してくれた父も、「まあ、カワイイ子供がまたひとり増えたわね。」と言って喜んでくれた母も、小さな手をばたばたさせて触ろうとしていたひなたも、そして自分も、優しかったンだと思う。 そのあとに生まれた昴も、燈子も、ミグには優しかった。ミグも優しかった。 じゃあ・・・? 目の前にいるロボットは、一体誰に祝福されて生まれたんだろう? 誰に優しくしてもらったんだろう? 誰が・・・・・・。 「おい、グリーン!!」 はっとして顔を上げる。スーツのおかげで降っている雨は体に何も感じない。 だが視界をさえぎる薄いカベになっている事に、違いはない。 先日イエローが頭を吹っ飛ばしたはずのネコ型ロボットは、地面に落ちたままになってたマリオネの両腕を食い、そして彼の右腕だった場所にからみついている。コードを彼の体に這わせて、ヒフの下にずぶずぶと食い込ませる。赤い色に似た毛を逆立たせて、のたうち回るコードが血管のように脈打ってマリオネの裸になっている右半身を覆っていく。 まるで何かの小説で読んだインプラントを埋め込むような、そんな違和感があった。 違和感という単語は、『なんでもあり』の怪人に対してふさわしくないかもしれないけど。 「あのネコ・・・?こわれたはずじゃなかったの!?」 最初に声をあげたのはピンクだった。 「確かにブッ壊れていたさ、主任達の話だとな。けど、異次元製品なんだよな。」 まいったな、と黒羽は少しもまいってないようにつぶやいてみせた。 「さて・・・どうしようか。」 拳をがつりと合わせて、目の前の大ピンチに少し微笑む。 「あ〜あ、焼いておけばよかったってか?」 髪をかき上げる仕種をして、そういえばマスクしてたんだっけと、手持ちぶさたになった右手を振ってみせる。 またみんなの声が遠くに聞こえる。 声が出てこない。 ロボットが・・・・・・あのロボットが、そんな・・・。 もう、壊れたから動かないはずじゃなかったの? サルファの言ってた通り、『壊してあげた方がよかった。』んじゃなかったの? 「どうして・・・。」 (グリーン!) サルファの声がリーブレスから聞こえる。彼も『機械』のはずなんだけど、なぜか必死な声に聞こえてくる。 (聞コエテマスカ?さるふぁデス。) 「聞こえているよ・・・サルファ、どうしてあのロボットがまた動き出したの・・・?」 (原因ハワカリマセン。グリーン、倒シテ。オ願イデス。アノロボットハ意思ニ関係ナク起動サセラレタンデス。マタ、破壊スルタメニ・・・。) 「どうして・・・?」 (エ?) グリーンの、輝の良く通る声が低くなった。つられて周りの仲間達も振り返る。 昨日の出来事が頭をよぎる。丸い瞳を見開いて自分の腕に噛みつくロボット。 頭を吹っ飛ばされて、機能が停止して、もう動かないんじゃなかったの? 「だって、昨日壊したんだよっ!!壊れて・・・壊れたでしょっ!?どうしてまたこんな事のために動かされなくちゃいけないんだよっ!!」 (デ、デスカラ・・・) 「いやだっ!!壊しても壊しても、また動き出す・・・。そんなのかわいそうだよっ!」 どがっ!! 顔を思いっきり蹴り飛ばされて、地面に転がった。 頬骨に痺れが走る。 蹴られた頬を押さえて顔を上げるとイエローの姿があった。マスクをしていてはよくわからないが、このごろそこそこ掴む事ができるようになった気配でわかる。 彼の背後に渦巻く感情が。 リーダーをまた尊敬してしまった。渦巻く気配が掴めることがどれだけ凄いって事が。 そして、その恐怖に押しつぶされないようにするにはどれだけ大変だって事が。 「・・・・・・っ、お前、ピンクに感謝しろよ。本当ならリボルバーで頭ぶん殴るとこだったんだからな・・・。」 彼の利き腕を、柔らかな両手が必死になって押さえている。 小さなリボルバーだったが、スーツを着た人間の腕力で殴られたら、どうなるかわかったものではない。 「かわいそうだと・・・・・・?」 イエローの、黄龍の声が低くなる。マスクをしていてよかった。 はっきり言って今の彼の表情は見たくない。 きっと、怖い顔をしてる。 とてつもなく。 彼の口から放たれた言葉も、こわかった。 「それはてめーの事か?それともロボットの事か?」 「・・・・・・・・・・・・。」 雨が降る。雨がスーツの上からつたう。 イエローの後ろで異常なほど赤い『右腕』がつながりつつあるマリオネの表情は変わらない。雨に打たれた肌に、コードが這う。ネコロボットの口が大きく裂けて、キバを剥いた。 ロボットだというのによだれの糸が引く。 雨の音が頬に響く。 「な・・・なにいってん」 また声が遠く響いた。 「レッドっ!お人形さんはもう準備万端のようだぜえ!!」 イエローの声がグリーンの声に重なるように雨空に響く。 つま先で地面を蹴って、そのあとには戦いの音が聞こえてくる。 イエローのチャクラムがマリオネにぶつかる音がする。ブラックの矢が刺さる音も。 握力が戻ったマリオネは彼らの攻撃にスピーディに反応している。 雨の地面にへばりついたままのグリーンは動かない。 頭の中が土の地面のようにぐっちゃぐちゃになっている。 整理するほどの時間もなさそうだし、そんな心の余裕も彼は今持ってない。 戦う音が聞こえる。 「いかなくちゃ・・・いって、倒さなくちゃ。」 仲間が戦う音が聞こえるけど足がどうしても動かない。 頭がくらくらする。 めまいがする。 彼が言った一言が頭を渦巻く。 (・・・・・・それはてめーのことか・・・・・・?) 違うよ・・・ロボットの事だよ。 操られて、かわいそうじゃないっ・・・。したくもないことをしなくちゃいけないんだよ。 自分の意志とは関係なく、こんな事しなくちゃいけないんだよ・・・。 「・・・・・・ロボットだけどさ。」 ひとりごとのように口から出た言葉を、レッドとピンクは聞き逃さなかった。 2人はイエローとブラックの後を追って、駆け出そうとしていた右足をグリーンに向けた。 「ぐ、グリーン・・・。あたし、ね。」 最初はゆっくり目に、けど少しだけ早口でピンクが彼につぶやいた。 「優しい事って、とっても素敵な事だと思うよ。あたしも誰かに優しくされたら嬉しいし、優しくしたいと思うもん。けど、輝さんはだれにでも優しいんだよね・・・。あたし達にもあのロボット達にも。」 「ピンク・・・・・・?」 「あたしはもう少し、輝さんの優しさが、こっちに向いてくれると嬉しいな。」 彼女は、じゃあ行くねっ!と買い物に出かけるかのような軽やかさで元気良くマリオネの方に向かう。華奢な体に魔法のスティックを携えて。 「輝、時間ねえからヒントだ!」 「は、ハイ。」 レッドはこんな時でも返事をするグリーンにちょっと苦笑して、明るく、多分にっこり笑って彼に叫ぶように言った。 「瑠衣の言ってた優しい・・・って感情はさ、色々と応用がきくんだぜ。多分な!」 「お・・・応用?」 「そ。瑠衣の言っていた『こっちに向けて欲しい優しさ』はなんだと思う?」 「な、何ってそんな・・・。」 「今は俺達にまかせるんだ。結論が出たらこっちに来い!」 「ま、まってリーダーっ・・・あ。」 彼が請うようにして掲げた手をレッドは遮った。 「・・・・・・みんな待ってるぜっ!」 強いってのはどういう事なんだろう? 本当に優しいってのはどういう事なんだろう? そんなの俺も意識なんてしたことねえなあ・・・。 力の強さ、心の強さ、色々あるけどさ。 けど、優しいってのも強くなくちゃできない事だと思うぜ。 ひとに優しくってさ、頭であれこれ考えていたらできねえもんな。 けど今は・・・ 優しい想いの裏側の感情を、引き出せよ・・・! 輝! 人の感情など飲み込んで、事態は良い方向に向かっているとも言えなくて、目の前のモニターには戦う4人と迷い必死に考えている1人がいた。 「輝くん・・・。」 優しいだけじゃダメなの・・・と言ったのは自分だったっけ、と有望は思った。 「難題だったのかしら・・・。輝くんにとっては酷な問題だったのかしら・・・。」 「ソンナコトアリマセン。・・・輝サンハ、ソンナコトナイデス・・・。」 キット・・・。 ソウデショ? どうしてなんだろう?どうして優しいのがダメなんだろう? どうして一度倒れた敵と戦わなくちゃいけないんだろう・・・。 優しいってのはどういうことなんだろう。 優しい事がどうしていけないんだろう。 リーダーのゆってた応用ってのはどういうことなんだろう・・・。 「オレはどうしたいんだろ・・・・・・。」 スーツごしだった雨の感触が、だんだんと肌に近づくような気がする。 疑問ばかりの輝を残して、目の前に非現実的な出来事が繰り広げられる。 新しい右手を取り付けたマリオネは、更に凶暴になっているようだった。腕を振り下ろすたびに、地面が削れて噴煙がたちこめる。 「うおっ。」 「ブラック!」 彼の左腕にかすった跡がある。マリオネの新しく付いた右腕には、暗黒次元特製素材の牙が付いている。 「利き腕で庇わなかったのはさすがだな!大丈夫か?」 「やばいぜ、もろに噛まれたら引きちぎれるな・・・。どうする?」 「バズーカで・・・。」 「4人でか?」 ついこの間の事を思い出したレッドは、背筋が思わず伸びた。 戦いでの20秒は、とてつもなく長い。 数呼吸するだけの時間が、まるで永遠のような長さなのだ。 「オレ達にとっても、もうすでにひとりでも欠けたらヤバイ状況なんだぜ。」 ブラックの声が少しだけ優しくなる。 「わかってるよ。そんなことくらい・・・。」 輝は考える時間があれば、わかってくれると思うさ。もう少し、色々なことがあればきっとわかってくれるさ。 だけど、今は考える時間がちょっと足りねえ状況であって・・・。 がきっ!! ピンクのスティックがヒットする音が耳に入る。 彼女の攻撃音でレッドのつぶやきは一時中断となった。 「2人とも、考えるのはあとだよっ!」 「ピンクの言う通りだぞ・・・って、うわっ!」 ぎゅおおおおっ! 悲鳴と鳴き叫ぶ「音」が同時に聞こえた。 マリオネは無表情のまま、転がったイエローの前に立ちつくしている。彼から殺意を感じ取るのは少し難しい事ではあったけれど、彼の新しい『右腕』は赤い目がぎらぎら輝く。 「やっべえ・・・。」 ネコだった時の名残か、少しだけ残っている毛が逆立つ。どうやら自分の頭を吹っ飛ばしたのは目の前にいるヤツだったと、認識できているらしい。 おいおい、最悪じゃねー・・・? 腕となったネコは、よだれを垂らしてその口を大きく開ける。マリオネの右手がばっくりと縦に裂けて、よろけたイエローを文字通り食おうとしている。 彼はとっさに銃をかまえる。 レッドが手を伸ばす、ブラックが弓をかまえる、ピンクがマジカルスティックを振りかざす。 地面ごと丸飲みするかのように、大きく開かれた口がイエローめがけて近づいてくる。 「ま、間に合わないよっ!」 まぶたを閉じかけたその時、でかい声が雨をよけるように響いた。 「みんなよけてえっ!!!」 「ん?」 「何?」 「来たなっ!」 遠くで見つめていた彼がいち早く動けた。 ばしゅうっ!とリーブラスターで撃った音がする。 マリオネの喉をめがけて撃ったそれは、ちっとも効いていなかったが彼がバランスを崩すことくらいの効果はあった。 「ひゅうっ。」 得意な短距離走のスタートダッシュを足が思い出す。 よろけたはずなのにマリオネの腕が命令に忠実に、イエローに振り下ろされる。 頭で考えるより先に腕と足が動いた。 自分が助けたい相手を知っていた。 一緒に戦いたい相手を知っていた。 そのことを無意識で確認した翠の疾風が風を切る! 「イエローっ!」 ここへ来て更に鍛えた腕力は、人間くらい簡単に横抱きできる。 グリーンはイエローを抱えて宙をくるりと一回転した。 悪いけどあんまり余裕なくて、荷物を投げつけるみたいに地面に転がしちゃったけど。 「だ・・・大丈夫っ?えい・・・イエロー!」 「相変わらずどヘタだと思ってたけど、けっこー練習してたんジャン。喉撃つのは正解だぜ!」 「イエローに教えてもらったから・・・・・・。」 地面にぺたりと座るグリーンの頭をがしがしなで回すと、自分でも腹立つセリフが口からこぼれ出た。 「お前・・・・・・なんだよ?かわいそうと思うのはやめたのか?」 彼は口走った自分のセリフに舌を鳴らした。 なんだって、こんな時でも俺はこんなんなんだろ? ガキみてーだっ・・・。 右手で額と両目を押さえるイエローに、グリーンはくすくす笑った。 嫌味混じりのセリフの向こう側にある感情は、いつも、なんとなくだけど感じ取れる。 感じ取ることができるようになりたい。 「ううん。違う・・・・・・。」 グリーンはイエローとレッド達に言った。 「違う。」 自分に言い聞かせた。 「今でもかわいそうと思うよ、マリオネ達のこと・・・けど。」 さっきまで余裕だった自分の声が、少しだけしゃがれた声に変化する。 「イエローを助けたかった。そう思ってたら指が引き金を引いてたの。」 かわいそうと思う事を今は・・・今も恥ずかしいと思わない。 そう思って泣くことも、変だとは思わない。 そして、あらゆる時に流れる涙をこれからは絶対に怖がらない。 その流れた涙に責任を持ってみせると、今誓う。 「イエロー、オレは自分の意志でオズリーブスになったんだよっ。今更敵の姿を見て・・・。」 ひっ、ぐ、と喉を鳴らして、それで振り絞って出てきた言葉は、多分、渾身の力と彼の最大限の勇気を込めて吐き出されたものだった。 「今更倒れた敵を見てびっくりするだなんて、卑怯だよね・・・・・・っ!」 「グリーン・・・。」 「輝くん。」 レッド・・・赤星と有望は、場所は違えど同じ言葉を同じ意味合いを込めて口に出した。 そこまで口に出して言えることが、彼にとってどれだけ大変なことなのか、わかっていたから。 そこまで頭の中で納得するにはどれだけ大変かわかってたから。 「有望主任のゆってた意味、リーダーの問題の答えも今ならわかるよ・・・。優しいだけじゃダメなんだってその言葉・・・。」 優しいって素敵な感情だけど、その言葉に振り回されても、酔ってもダメなんだよね・・・。 その気持ちは、スケールの大きな感情だから、色々と応用がきくんだもん。 自分なりに変換して、自由に遊べばいい。 今オレがこっちに向ける、仲間達に向ける優しさは・・・。 「イエローを助けたかったの。みんなを助けたかった・・・。勝手に体が動いていたんだよっ!それだけじゃダメ?オレが戦いに戻る理由に・・・・・・ならない?」 「なる!」 派手な火花が散る音がする。レッドのリーブライザーが決まった音だ。 普段以上に軽やかな身のこなしで、右腕に次々と拳がヒットする。 「十分だよっ!」 レッドの拳の後から電撃が喰らわされる。くるくると妖精のように動いて戦いのさなかでも愛らしい。 「理由は後からついてくる!」 ブレードモードで腕を暴れる腕をたたっ斬る。殴りつけるように斬った後のかまえが、空手の型を取るリーダーと同じくらい美しい。 「・・・・・・それじゃいっちょ。」 「いっくよーっ!!」 イエローは慣れた手つきで、リーブラスターにサイレンサーもどきのアタッチメントををがしがしと取り付けて、要領の悪いグリーンの手を取って、自分の手に重ね合わせた。 引き金にイエローの指、その手を覆うようにごつい手を重ね合わせる。 2人とも不謹慎な笑いを浮かべて、マリオネの右腕めがけて照準を合わせた。 「リーブラスター・フレームモードっ!!」 2002/2/27
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