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第8話 A Tender Soldier
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日曜日になると、瑠衣の朝はちょっとだけ幸せな気分になる。 赤星達が用意してくれた部屋は、ここから出なくても生活できるくらい、何もかもがそろっている部屋だった。 自分の部屋でごはんを作って食べる事もあったけど、それは少ない方で、いつも誰かと食事が出来ている。 日曜日は居間かわりになっている森の小路に、フレンチトーストの香りが充満する日だから、とっても幸せな気分になる。 ミルクとバターとたまごと、お砂糖が焦げるにおい。 食べ物の香りにつられて歩くって、きっととっても幸せなことなんだよね。 自分の食欲を可愛らしい言葉で否定しながら、瑠衣は大好きな人達が集まっている場所へ歩いていった。 大好きな人達・・・今日はその中に黄龍はいない。 どこいっちゃったんだろ・・・? いっつもいっつも出てっちゃって。 あんまり心配してなくても、・・・けどやっぱり心配なんだよ。 みんなも、あたしも・・・。 有望が作ってくれるフレンチトーストのちょっと焦げた香り、メイプルシロップに生クリーム、濃いコーヒーと紅茶のにおい。フルーツの皮をむく音。黒羽と有望のおしゃべりが聞こえてくる。 いつも通りの日曜日だった。赤星はトレーニングルームで汗をかいているのだろう。本当ならこのあとに輝が来て、赤星が来て、最後に眠そうな顔をした黄龍が出てくる。 「おはようございます!お姉さま、黒羽さん・・・あれ?」 「おはよ、瑠衣ちゃんっ!今日はオレの方が早いね!」 「え、輝さん!」 自分よりも早く来ていた輝は黒羽の隣に陣取って、生クリームとフルーツをたっぷり乗せたフレンチトーストにとても幸せそうな顔をしていた。 「今日は早いのね。びっくりしちゃった。」 「えへ・・・今日は特別なの。」 そう言うと彼は格段に丁寧に紅茶を入れて、ティーコゼをかぶせたポットとカップを瑠衣の前にそうっと置いて、ニッコリ笑っている。 そして、自分の目の前にあるフレンチトーストを口の中に乱暴に放り込んだ。きれいに切ったリンゴとオレンジも一緒に放り込む。 「おいおい坊や・・・。なんて食べ方してんだ?口にクリームついてるぞ。」 「この生クリーム、おいしい〜・・・。牛乳がそのままふわふわになったみたいだっ!」 苦笑している黒羽達を後目に指で唇に付いたクリームをなめ取って、彼の手をすっと取る。 笑顔は消えて、まっすぐな瞳で彼の顔を見て、有望の顔をみて、最後に瑠衣の顔を見た。 「黒羽さん・・・・・・オレエイナんとこ行って来るから。」 「おう・・・。」 「2人で色んな事話してくるからっ。ちゃんと、連れて帰ってくるから・・・心配しないでっ!」 輝は瑠衣の方をちらりと見て、ニッコリ笑った。 「行って来い、坊やも瑛ちゃんも・・・待っているから、な。」 握られた手をふりほどいて、輝の手のひらに拳を軽くぶつけた。 彼はそのままぶつけられた手のひらを、黒羽の手のひらにばしりと返した。 「オッケイっ!」 いつも通りドアベルの音がやかましく鳴ってから、マウンテンバイクのロックが外される音がして、彼はそのまますっ飛んでいった。 「輝さん、瑛那さん・・・。」 「大丈夫。」 黒羽が瑠衣の肩にポン、と手を置いて唇が微笑んだ。 目もとはどうなっているかわからなかったけど。 「坊やにまかせときな。」 なんか、いっぱい色んな事話したいっ! マウンテンバイクを力一杯こぎながら、輝はそんなことを考えていた。 風を切ってちょっと冷たい朝の空気のはずなのに、体はとっても熱い。その割に汗はかかない。 のども乾かない。 どきどきしてるんだ・・・・・・。 高校時代の陸上競技の直前みたい。ちょっと緊張して、けど楽しくて・・・。 黄龍の事をいっぱい聞きたい。彼はどんな事が好きなのか、どんなひとが好きなのか、何を考えているのか・・・。 探偵事務所ってどんなお仕事しているのかな?やっぱりマンガみたいに、殺人事件の捜査の手伝いとか?黒羽さんはどんな感じなのかな?森の小路にいるときと、ちょっとは違うのかな? そして、一緒に考えてほしい・・・有望主任の言ってた言葉の意味。 「優しいだけじゃダメ」って理由・・・。 くだらないことでも、なんでもいい。真剣なことでも、なんでもいい。たとえそれが偽りでもかまわない。 昨日、彼の携帯に出てきた声は黄龍ではなかった。 ちょっと太めの声で、女性みたくおしゃべりする。有望とは違う種類の「優しい」声だった。 (わかったわ。かならず黄龍ちゃんに伝えてあげる・・・約束するわ。だから、キミはもう寝なさいな。遅いでしょ・・・?) 初めて声を聞いた自分を気遣ってくれる、そんなひとの側に黄龍がいたと言うことだけでちょっと安心した。 そのひとのことも聞きたいな。 とにかく、エイナの声が聞きたいよっ・・・! 待ち合わせの公園がすぐ近くに見えた。やけに早く着いたような気がする。 いや、感じる時間の長さが違うのか? いつも彼が自慢げにフリスビーの腕を披露してみせる広場が、目の前にだんだんとあらわれてきた。 きっと・・・あそこに来るはずだ。 フリスビーをして一息つく時に、必ず座る場所。 そこに、どうか、来て欲しい・・・。 「エイナっ!」 輝はマウンテンバイクから飛ぶように降りて、誰もいない砂場にどんと置いた。 今、自分が一番姿をみたいひとは、いつもの場所に腰を下ろしていた。 少し肩幅が広くって背の高い後ろ姿。顔が小さく長身の体型はどこにいても何をしていても目立つ。 公園のベンチに座っているだけでも絵になる男を、輝は意を決して後ろから肩を叩いた。 「え、エイナ。」 「・・・・・・」 黄龍は振り向かない。長い髪がそよぎ、輝の顔にばさりとかかる。 「エイナ・・・オレ、その・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 どうしよう・・・怒ってる。 心臓を綿でくるまれているみたい。 要するに胸悪い。押さえつけられて、苦しい感じがする。 考えているうちにどんどんと、悪い方向ばかりに考えてしまう。 「ねえエイナ・・・あれ?」 振り返った黄龍は、黄龍ではなかった。そっくりだったのは後ろ姿だけだった。 長い髪の毛にかかってよく見えないが、薄水色の瞳。 黄龍よりもいくばくか華奢な作りの顔と手足。染めたのと違って違和感がない茶色の髪の毛。 男なのか女なのか、いまいち判別がつかないが外国の人間だ。 人違いのうえに外国人だから言葉がわからず、返事ができなかったのかもしれない。いきなり話しかけてきて、変な日本人とでも思われたらイメージが悪くなる。 「ご、ごめんなさい!友達と間違っちゃって・・・。」 「・・・・・・」 青い瞳の外国人は答えない。唇をきゅっと結んだまま、輝の動向を見つめている。 まるでガラス玉みたいな目で、彼を映していた。 「あ、日本語・・・わからないのかな?」 「・・・・・・」 輝は英会話が出来ない。 高校以来英語に全く縁のない生活を送ってきたので、瑠衣に単語を聞かれても答えられない方が多かった。 それでも、なんとか自己紹介の英文くらいは覚えている。 「あ、あいあむ、あーきーらっ!」 自分を指さしてもう一度口を大きく開いて名前を言う。 「あ・き・ら、オレ輝!あなたの、名前・・・?えっと・・・ゆあ ねいむ?」 「ゆあ ねいむ・・・?」 ようやく声を出してくれた。きれいな声。 中性的な音域の声を出す洵の声にちょっと似ている。 (フン、相手してやれマリオネ。お前の名前を聞いているらしいぞ。) 暗黒次元から、自分の主の声が頭に伝わる。 マリオネの見ているものは、主が見ている。 マリオネが聞いているものは、主にも・・・機甲将軍スプリガンにも聞こえる。 マリオネを操作しているのは彼なのだから。 「マリオネ・・・」 「マリオネっていうんだ!素敵な名前!」 輝の笑顔がマリオネごしにスプリガンにも見える。が、彼はそんなものに目もくれずにリモコンを作っている最中だった。 「もう少し相手してやれ。まだこれが出来てないんでな・・・。」 工具と指先を最大限に使って、視線を自分が作っているリモコンに集中させる。 「あーあ。こんなことになるのならマリオネに組み込んでおきゃよかったな・・・。」 人やものを食って、そして自身の体を増幅させる者は、どこの世界にもいる。 力がとんでもなく強いマリオネだったが、それに耐えうる体のつくりかと言えばそうでもない。結構簡単に壊れる仕組みなのだ。それは、マリオネの力をなんとかして、その上で彼の体に触れる事ができれば、の話だったが。 リモートコントローラ、これで・・・暗黒次元製の金属を思う存分食うがいい。 お前が動けなくなっても、大丈夫さ。 「マリオネはどこから来たの?」 「・・・・・・・・・・・・」 マリオネは答えない。人工知能に、その質問に答えるだけの機能はないからだ。 「きっと遠いところから来たんだね。えっと・・・遠い・・・ふぁあ あうぇい・・・だったっけ?」 「ふぁらうぇい?」 「そ、遠いところからきたんだね。留学なのかな?それとも遊びに来たの?」 「あそび?」 「遊び・・・えーと、ええーと・・・ジョイ!」 「ジョイ?」 ここまで来て輝はようやく青い瞳の彼が、自分の言葉をオウム返しに口にしていることがわかった。英語圏の人間ではないのなら、はっきりいってお手上げである。 しかし、輝は通じない事などかまわずに、彼に話しかけた。 「けど・・・マリオネはどうしてここにいるの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 マリオネは答えない。 瞳の色が空を映しているからだろうか、目の色が急に濃くなった。 「オレはね・・・。今友達を待っているの。」 かち・・・かち、かちっ 「そのひとと・・・おしゃべりしたいんだけど。」 かちかちかち・・・きゅっきゅっきゅ・・・。 「けど、来てくれるかわかんない。」 きゅっ。 「あいたくてしょうがないんだけど・・・。」 最後のネジを締め終える。 はっ、やっとできた。 とりあえず、『滑り止め』の完成だ。 (よし。これで万が一の事があっても大丈夫だな・・・。マリオネ、ちょっとその辺のものを壊してみろ。) 「・・・・・・ハイ スプリガン様」 「え?今、何て言ったの・・・?」 アキラっ!!! 聞きたい声というのは、どんな騒音の中でも耳が聞き取ってくれるのだな、と輝はその瞬間に感じていた。 隣に座っていた華奢な外国人の手のひらが、自分達の座っていたベンチを押しつぶすまでそれほど時間はかからなかった。 血の気が引いた自分の横で、マリオネが顔色ひとつかえずにそれをぐしゃりとつぶした。 手のひらにベンチのカケラが突き刺さっているが気にも止めてない。 彼は右手のひらに突き刺さった木片を左手で上手にとった。 血が出てこない。 輝は感覚に筋肉がついていかず顔をゆがめ立ちつくしていると、首根っこを誰かにひっつかまれたのを感じた。息ができないくらい乱暴に捕まれて、数秒間宙に浮いたかと思うとこれまた乱暴に草地にどがっと落とされた。 「いって・・・痛い・・・。」 「バカテル!!!なーに考えて突っ立ってんだよてめえはよ!!!」 自分の胸ぐらを掴んだ手。長い指先、長い腕、キレイな長い髪の毛。瞳を歪ませて、今にも殴りかからんばかりの整った顔の持ち主は黄龍瑛那だ。 「えーなっ!」 「てめえ、少し自覚しろっつの!!リーブレス見たのか?!生命反応なかっただろ、あいつに!!」 思わず彼に飛びつきそうになっていた輝は、怒声に体をこわばらせて、顔を下に向けた。 「ごめん。ごめん・・・オレ」 潤む瞳に黄龍は思わず目をそらした。なんだか知らないが見たくない。 あー・・・ムカつく。その目が・・・なんか知らねーけどムカつく・・・。 ホントにどうしたんだオレ? 「とにかく着装すっぞ!!」 「え、リーダー達には連絡・・・。」 「した!早くしろっつの!着装っ!!」 「お・・・オッケイっ!」 自分の言いたい言葉が遮られる。いつもよりも格段に機嫌が悪そうだ。 そうだ、今は戦わなくちゃ。 すぐ側にいる怪人と! 「怪人・・・・・・。」 輝はつい先ほどまで自分が座っていたベンチの方を見た。すでに跡形もなくなっており、氷色の瞳は逃げる者には目もくれずに、遊具を握りつぶすように破壊している。 細い体のマリオネのどこにそんな力があるかは知らないが、彼は手のひらだけで公園を壊している。 先ほどまで一方的とはいえ、会話をしていたヤツが怪人。 怪人というフレームをつけるとさっきまできれいな目とおもっていたのに、今は冷たい瞳に見えるのが不思議でしょうがなかった。 辺りを見回すともう誰もいない。リーブレスに生命反応がないので、もうすでに他の人間は逃げたか、それともガレキの下に埋まって・・・。 「被害が広がらないうちになんとかしなくっちゃ!」 「おう、グリーンもわかってんな?」 イエローは少し意地悪っぽくグリーンにつぶやいてみせる。マスクの下の顔は笑っているのか、それとも人をくったみたいな顔をしているのか、声だけで判別は出来ない。 グリーンは一応、自分の都合の良いようにその言葉を解釈して、足の腱を伸ばした。 「行こう!」 「よっしゃ!」 ひとまずは、いつもの通り、わだかまりのない2人に戻っていた。 2002/2/13
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